2015年11月17日火曜日

今度の土曜日、出店します。



間近の告知になってすんません。

今度の土曜日21日ですが、
「小田原ブックマーケット」の一箱古本市に
性懲りも無く、バリエンで出店いたします。

これまでに自分が読んできた本を何冊か持参します。
ジャンルはバラバラですが、
よろしければ、本の話に花を咲かせましょう。

これまでの読了メモはコチラです。

お時間よろしければでひ。

‪#‎booksrin‬ ‪#‎varienbooks‬


小田原ブックマーケット
11月21日(土)11:00〜17:00
緑公民館会場ほか




 

2015年11月3日火曜日

キーボード


PFUのHappy Hacking Keyboardに換えてみました。
Lite2版だけどね。さすがにキーボードに2万円も出せません。


今まではApple純正のでBTでワイヤレスだったんだけど
今度はUSB接続のひもつき。なので電池不要。

見た目はとてもコンパクト。

打った感じは、カタカタと音が大きくなった。
もともとキーを強く叩く方だったので
なおのこと打ち込んでる感じはする。

しばらく、ぎこちないけど
キーの間隔と感覚になれないと。
 

2015年10月25日日曜日

七七日


父の納骨でした。
母や兄弟家族そろっての法要。

時の過ぎ去るのが早いと感じる昨今ですが
先月から今日までは、振り返るととても長かった気がします。
ようやくの一区切りがついたのか。

これからの家族の生活、自分の生き方を考える機会を与えてくれた父に
あらためて感謝をしています。そんな気持ちになりました。

明日からも、手に手を取って前を向いていくよ。父さん。

 

2015年10月6日火曜日

大きな声で

もやもやしてる時は、大きな声で人と話しをするとよいね。
しかも、そのもやもやに関する話題ってところがミソ。
適当な距離をとって、大きめの声で話すと気分がスポンと晴れるようです。
 

2015年10月4日日曜日

ルール

某鉄道会社の車内アナウンスで
10月1日より、車内の携帯電話の使い方についてのルールが変わる
とあった。

たまたま、そのアナウンスだけかと思ったら
違う日の違う電車でも同じ「ルール」という言葉を使っていた。

おや?!と思った。ルールなのだろうか? 
あえていうならマナーとか考え方とかなのではないかと。
ルールとすると違反者を取り締まることになるのか?
というか、もともとマナーではなく、ルールだったということか。
法律で車内での携帯電話の使い方が定められたというのならわかる。
その場合ならば法律で定められてと言わなければならないだろう。

とにかく、ルールという言葉が強く気になったここ最近なのです。


2015年9月19日土曜日

先日、父親を亡くしました。84歳でした。

もともと、体が丈夫な方ではなく、
難病をかかえてはいましたが、
過去に脳梗塞、心臓バイパス手術を乗り越え
その都度カムバックしてきました。
しかし、今回はかないませんでした。

自分や弟には
気持ちを大きく持てとか、大志を抱けとか
いつもハッパをかけていました。
それは最後の3ヶ月間の入院生活でも
全くブレていませんでした。

その最後の闘病にあたっては、
病院の医師団の意見も分かれていて、
手術をするもしないも剣ヶ峰という状況でした。
手術をするなら今しかない、時期を伸ばせば手遅れになるだけ。
いや、手術に耐えられる体ではない、
手術をしても二度と目を覚まさないリスクが極めて高いと。

家族としては、自宅に帰りたいという本人の気持ちに応えたい、
そのためにあらゆる手段を施したいと手術決行の意思を病院に伝え
結果として、その時の手術は成功しました。
自らの生死の境をさまよいながらも、
父はまた何かを自分たちに教えてくれたのだと思います。

手術後は、予断は許さないものの
顔色も少しよくなり比較的落ち着いていました。
それがかえって気持ちを高ぶらせたのか
医師や看護士の言うことを守らずに、自ら起こした転倒による骨折で
寝返りすらうつことができなくなり病状は悪化。
食事を摂ることもできなくなり、母に看取られて息を引き取りました。

頑固で我儘なところのある父は、母にだけは甘えていました。
時には母を困らせたり、怒らせたり、
最期まで母を頼りにしていました。
そんな二人の姿をみて育った自分や弟は
二人の子どもで本当によかったと思っています。

葬儀で遺族代表として挨拶をした時、涙はでませんでしたが
前日か前々日に、この挨拶の言葉を考えながら
東横線の車中だというのにポロポロと涙をこぼしていました。
久しぶりに、泣き虫な自分に出会ったのでした。


父が逝ってから、ずいぶんと時間が過ぎ去ってしまった気がします。
やらねばならないことなどもまだまだあります。
残った母と弟と一緒にしっかり考えていきたいと思います。