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2024年5月5日日曜日

読了メモ「化石に眠るDNA 絶滅動物は復活するか」 更科 功



読了。

珍しく新書を読んだ。

わくわくする話であるが、話は淡々と展開される。
前半でDNAや遺伝子、タンパク質の話をきっちり行って
現生動物であってもDNAの複製を作ることがいかに難しいかを説明してくれる。
いわんや絶滅動物のDNAにおいておや。
この段階で本書の大筋の結論は見えている。

しかし、面白いのはむしろこれからで
「DNA複製」をめぐる世間の視線、SF映画への便乗、
過熱するメディア、助成金交付の駆け引きなど
実現が見定まっていないにも関わらず
この「界隈」は大いに盛り上がる。

もちろん、地球温暖化対策や
壊された生態系復元を目指して
取り組まれている事例なども紹介される。
永久凍土から出土したマンモス復活の取り組みは研究が続いているし、
クローン羊ドリーの生成なども成果のひとつだ。
ただ、マンモスにしてもドリーにしても
完全に全てのDNAが複製されるわけではない。
もっと言ってしまえば、クローン技術をもってしても
絶滅動物の復活には展望がないという。

また、そもそも論として本当に正しいことなのかという議論も続いている。


現在も研究は続いており、
あの「iPS細胞」にも注目が集まっている。
しかし、本書のあとがきにも書かれていたが、
人間が壊してしまって、一旦変化した生態系を
元に戻すなんてことこそ不可能ではないかと思う。


以下はAmazonへのリンクです。

 更科 功

 中央公論新社 2024年


2024年4月28日日曜日

読了メモ「ナウシカ考 風の谷の黙示録」 赤坂憲雄


読了。

アニメではなく、マンガ版「風の谷のナウシカ」をベースにした一冊。

読み応え充分で、久しぶりにマンガ版も読み返したくなった。
昔、マンガ版を読んだ頃は、アニメのイメージが強すぎたせいもあって
なかなか理解に苦しんだことを覚えている。

あらためて気づかされたのは、
マンガの第一巻が1983年に刊行され、
最終の第七巻が出たのは1995年。
その間、宮崎 駿監督のアニメ映画としては、
「風の谷のナウシカ」(1984年)
「天空の城ラピュタ」(1986年)
「となりのトトロ」(1988年)
「魔女の宅急便」(1989年)
「紅の豚」(1992年)
がそれぞれ公開されている。
そして、1997年には「もののけ姫」が公開された。
これらの映像作品が生まれてきた背景に
ナウシカの物語が脈々と生き続けていたことになる。

風の谷は人口が500人程度の協同労働を営む辺境自治国であったことや
ナウシカの父ジルに象徴される首長制の話などを通じて
風の谷の民族的イメージが明らかになり、
蟲や腐海の存在を解きほぐすことで本書の話は中核に進んでいく。


印象的だったのは、ナウシカの生命観というのか
世界全体をひとつに捉える見方で、

「食べるも食べられるも この世界では同じこと
 森全体がひとつの生命だから......」

「闇は私の中にもあります.....」

などの言葉からみることができる。
自然/人造、清浄/汚濁などの
二元論を忌み遠ざけているとも評している。


そして、聖書の黙示録を引き合いにして

 ”あらゆる危機が技術的に解決され、すべてが適切に管理され、
   機能している世界は、いったいパラダイスなのか”

とナウシカは問うているのではないかと著者は言っている。

最後の締めで、イデオロギーやドストエフスキーを論じる部分は、
ちょっとやりすぎかなという感じがしたが、
アニメはもちろん、マンガ版を再び観直す気にさせてくれたし
鑑賞後は湧き起こってくる思いが違ってくるだろうと
期待を持たせてくれた一冊でした。


「その者青き衣をまといて金色の野におりたつべし」


この一言を思い出すだけでも観たくなりますね。


以下はAmazonへのリンクです。

 赤坂憲雄
 岩波書店 2019年





2024年4月22日月曜日

読了メモ「芥川龍之介 ちくま日本文学002」 芥川龍之介


読了。

中学生の頃にも読んだであろうよく知られたもの、
題名は知っていてもまだ読んでいなかったもの、
そして全くの初見のものまで16の短編が編まれていた。
その他に俳句、詩からなる。
ちなみに、表紙の絵は明らかに「羅生門」なのだが、
本書には掲載されていない。

さすがだ、もうどれも傑作。
読み終えても、この後の展開はどうなるんだろうと
続きを聞かせてくれと言いたくなるくらい面白かった。
人の心を正すような作品もあれば、
思わず微笑むような作品、切羽詰まるような迫真の作品、
そして自らの人生を振り返ったような作品も。
「或阿呆の一生」などはモロに作者本人のことなので
事前知識として芥川龍之介の人物伝などを
ざっくり把握しておくとより理解が深まる。
実際、自分も芥川龍之介に関する動画を事前に観てから読んでみた。
本書は巻末に年譜も掲載されているので参考になる。

芥川龍之介は35歳で自死してしまうが
その背景には複雑な家族関係があった。
このことを知っているだけでも
数々の作品の読み方は違ってくると思う。

一人の作家の作品がコンパクトにまとまっている

この「ちくま日本文学」シリーズ。

実は初めてだったがとてもよかった。

まだいくつか積んであるので楽しみである。


以下はAmazonへのリンクです。

 芥川龍之介
 筑摩書房 2020年

2024年4月15日月曜日

読了メモ「夫婦間における愛の適温」 向坂くじら

 


読了。

30歳前後で結婚2〜3年であろう夫婦のエッセイ。

書き手は、詩人で国語教室を主宰している奥様。


なんとも微笑ましい。

日々日常の些細な所作の一つ一つに二人は解釈を加え、

その度に二人の言い分は食い違う。

二人は全くの他人だから、今後のことを予測してもしようがない。

これまでがこの先も続くほうに覚悟を決めて賭けてみるという。

こうしてお互いの信頼が築かれていく。

とても仲の良い二人であることがよくわかる。


文章の表現や言葉の選び方が背伸びをせずに等身大で

素直に口を出てきた感じがして好感が持てる。

読んでいるとなぜかTARAKOさんの声が聞こえてきそうな感じがする。


エッセイの合間には、詩も挿入されており

これらの普通な空気感もとてもいい。

身近な感覚でどことなく懐かしい感覚さえおぼえたりするところもある。



「いちばんふつうの家のカレーが好きなんだよね」


では、食事に愛を込める云々という話と

料理にいろいろ工夫をこめて最高の味になった話の

微妙な感覚のズレが面白かったし、



「熱が出ると」


という詩などは、臨場感もあって

読んでる側の手が熱くなる感じを覚えるほど。


自分が同じ年齢だった頃はどうだったかな。。。

ふと思い出そうとしちゃいました。



以下はAmazonへのリンクです。

向坂くじら
百万年書房 2023年

2024年4月8日月曜日

読了メモ「増補版 敗北を抱きしめて 第二次大戦後の日本人 上・下」 ジョン・ダワー



読了。

久しぶりに読み応えのある歴史ものだった。

敗戦後のGHQ占領下における
日本の政治・社会・文化・経済などを浮き彫りにしたノンフィクション。
サンフランシスコ講和条約で、米国の占領は一応の終わりを告げるが
本書は1989年の昭和天皇崩御まで話をひっぱる。

庶民レベルから政治家/官僚、そして天皇にいたるまで
アメリカ人が、ここまで日本人の思考・行動のありさまを
解き明かしたことにまずは驚く。
ルース・ベネディクトの「菊と刀」の読了以来の感嘆だった。
具体的な統計データ提示はもちろん、
各種資料やインタビュー、報道の内容を通して、
当時の日本人の言動や考え方を見事に抜き出している。
また、マッカーサーが天皇制を重要視し、
最終的に戦争責任を問わせなかったかがよくわかる。
アメリカはここまで日本のことを研究調査していたのかと。
一方で、東京裁判に代表される戦争犯罪の裁判では
「戦勝国の裁き」と「敗戦国の裁き」と題して
両サイドからの戦争責任の検証を行なっているのも注目される。

上巻は、敗戦直後の絶望の底から這い上がり、
食べるため生きるための死に物狂いの庶民の生活や、
パンパン/闇市/カストリと言われた集団の動きから
坂口安吾や太宰治に代表される旧式な価値観への文化的挑戦、
アメリカ文化への憧憬と軋轢などが綴られ、
下巻は、天皇制保持を貫いたGHQの真意や
武力の完全放棄を謳う日本国憲法制定への日米双方の動き、
GHQ検閲下での民主主義の醸成、
そして国民の関心が薄れてしまった東京裁判などが記されている。

おりしも、オッペンハイマー博士の映画を鑑賞し

テレビで下山事件の特集番組を観たが

本書の時代背景と共通する大きなうねりがあると感じた。

それは一体なんだろうか。。。


なお、本書の原題は下記の通りで

米国でも数々の賞を受賞したノンフィクションなのでした。


EMBRACING  DEFEAT

Japan in the Wake of World War II

by John W. Dower


以下はAmazonへのリンクです。

「増補版 敗北を抱きしめて 第二次大戦後の日本人 上」
ジョン・ダワー
三浦陽一/高杉忠明 訳
岩波書店 2004年

「増補版 敗北を抱きしめて 第二次大戦後の日本人 下」
ジョン・ダワー
三浦陽一/高杉忠明/田代泰子 訳
岩波書店 2004年

2024年3月18日月曜日

読了メモ「谷崎潤一郎犯罪小説集」谷崎潤一郎

 



読了。


「柳湯の事件」

「途上」

「私」

「白昼鬼語」

の4編からなる。


いずれも短編だが存分に楽しい。

なにせ、あの江戸川乱歩が影響を受け、

アガサクリスティの数年先をゆく作風であったりもするわけで。

実際、本書を読むきっかけとなったのは

江戸川乱歩の「D坂の殺人事件」に二話目の「途上」が引用されていたから。


いずれの作品も、その世界に引き摺り込まれていくように読んでしまう。

精神が異常とも思える人物たちやその妄想、

探偵に問い詰められ切羽つまる心持ちや

独特の妖艶な佇まいを醸し出す描写にとっぷりと浸り込んでしまう。

そして、凄惨な殺人現場かと思いきや、実は、、、というのも面白い。


ミステリーは、そのトリックや謎解き推理を楽しむ向きが多いと思うが

この谷崎潤一郎の怪しい世界を覗き見するのも一興というものです。

おすすめです。是非!!



以下は、Amazonへのリンクです。

「谷崎潤一郎犯罪小説集」

谷崎潤一郎

集英社 2020年



2024年3月12日火曜日

読了メモ「告白」町田 康


読了。

約680ページの長編。準鈍器本か。

「河内十人斬り」という史実に基づいた小説で、

ガチガチなハードな内容かと思っていたら

会話は全て河内弁、地の文もそれが混じり

ツッコミとボケが展開されて笑いだしてしまうほど。


主人公の城戸熊太郎は、喧嘩上等の博奕打ちで

本当にどうしようもなく、村でも手がつけられない極道者。

ただ、その熊太郎の心の声が丁寧に語られており、

騒ぎを起こしていることとは裏腹に、

相手のことを慮りながらも、

思い通りにできない苦しさ、歯がゆさが

読者の心をゆさぶる。

自分はなぜこんなに暴れてしまうのか。

敗けて銭がなくなるのに、なぜ博奕を続けるのか。

愛するあの人は神仏なのではないか。

心と実際の言動が一致しなくてもどかしい。

そして、最後の一言でやっと熊太郎の思いと行動は一致します。


河内弁の表記が自分には読みづらくはあったものの、

熊太郎の世界に引きづり込まれるように読んでしまった。



以下は、Amazonへのリンクです。

「告白」 町田 康

中央公論新社 2005年


2024年2月5日月曜日

読了メモ 「犬神家の一族」 横溝正史



読了。

市川 崑監督、石坂浩二主演の1976年版は、
もう擦り切れるほど観ているけれど
実は原作をまだ読んでいなかったという事実。

今更ながら、やっぱり読んでよかった。
映画では、どこか腑に落ちなかったところも
見事にジグソーパズルのピースがパチンとはまった。
一方で、映画の脚色が大変素晴らしいことも同時に実感。

ということは、「女王蜂」「獄門島」
「悪魔の手毬唄」「病院坂の首縊りの家」
なんかも、いずれも映画しか観ていないので
原作を読むと新たな発見があるかもですね。

それにしても、那須神社の神主さんがあんなキャラクタだったとはなぁ。
大滝秀治さん演ずる神主さんとは全然違った。
猿蔵もよく喋るし。


以下は、Amazonへのリンクです。

2024年1月29日月曜日

読了メモ 「ストーナー」 ジョン・ウィリアムズ(東江一紀 訳)



読了。

1月も終わりそうですが、今年最初の読了メモです。
2014年に初版が刊行された米文学。
農家で育ったウィリアムという青年が英文学に目覚め、
その後、大学で教鞭を振るう一生を綴った小説です。

この文章で始まります。

「ウィリアム・ストーナーは、1910年、19歳でミズーリ大学に入学した。」

ウィリアムは、群の農事顧問の推薦を受けて、大学の農学部に進学を決めます。
ただ、なかなか農学部の勉強に馴染むことができず、
途中で英文学に惹かれ、文学部に両親に断りもなく転入してしまいます。
そして、卒業後も両親の下には帰らず大学に留まり、教師となる道を選びます。

ウィリアムは、とあるパーティで見初めた女性と結婚し、
女児も授かることができます。
しかし、この女性がなかなかの強者で
あとあとまでウィリアムに大きなストレスを加え続けることになります。

一方、大学では、人間関係や軋轢に悩み続けます。
主義主張の激しい学生や教授陣の渦の中で、
ウィリアムは悩み、また運命の悪戯で何度も窮地に立たされます。
そして、ウィリアムはいつしか体の不調を訴えるようになり。。。。

そして最後は、この一文で終わります。

 「指から力が抜け、手にした本がゆっくり傾いて、
  動かぬ体の上を素早くすべり、部屋の静けさの中に落ちていった。」


読み終えて思うのは、全編にわたる寂しさや悲しさ。
ウィリアムは、なぜにここまで追い詰められなければならないのかという悔しさ。
一方で、ささやかでも喜びや幸せを感じて生きていく
人生の素晴らしさを教えてくれました。

喉に少々ものがつかえる感じのお話でしたが、
感動的な小説に出会うことができました。


以下は、Amazonへのリンクです。





2022年10月12日水曜日

読了メモ「ルビンの壺が割れた」宿野かほる



読了。

みなさんは、「ルビンの壺」ってご存知ですか。
壺の外形を横からみると、
丁度、男女の顔が向かい合ってるようにみえる壺の絵です。

本書は、男女間での書簡形式でかかれています。
メディアは、フェイスブックのメッセンジャー。
今風ですな。

メッセージの始まりは、男性がフェイスブックで、
確実に知り合いであろうと思う女性を見つけて
彼女におそるおそるメッセージを送ることから始まります。

当然ながら、最初は一方通行なのですが、
そのうち、女性からも返事をするようになり
昔話に花が咲いて、なごやかな雰囲気なのですが。。。。

時々、相手を非難するようなワードが出始めて
だんだんと嫌な方向に話が進んでいきます。
言ってみれば、暴露試合。

ちまたでは「どんでん返し」と評されているようです。
確かに、最後の一行はびっくりしますけど、
自分の読後感としては、あんまりすっきりしないなぁ。
モヤモヤして途方に暮れますね、こういう話は。

一時期、話題にもなったようなので
読んだ方もおられるのではないでしょうか。
170頁ほどなので、すぐに読めちゃいますよ。

===================
ルビンの壺が割れた
宿野かほる
新潮社 2022年

2022年9月29日木曜日

読了メモ「夜市」恒川光太郎




読了。

ホラー小説。短編が2篇。
と言っても、ド派手なスプラッターなものではない。
言ってみれば、日本風の穏やかだがゾクっとする
どちらも「異世界」の不思議な話。

一つは、書名にもなっている「夜市」。
妖怪が集まる夜市に、人間が入っていく。
望むものは何でも手に入る。モノとは限らない。
頭が良くなったり、運動神経を良くしたりすることもできる。
言ってみれば、夢が買える場所だ。
ただ、お金では買えない。
物々交換なのだ。妖怪が交換相応と納得したものでないと
欲しいものに交換してもらえない。
夜市に迷い込んだ裕司は、とんでもないものと
欲しい力を交換してしまう。

もう一つは、「風の古道」
みなさんも、あれ?この小さい路地に入ったことないな。
と思ったところとかありませんか。
今まで、気がつかなかった路地や草むらの中を入っていくと
人通りのない知らない道に出てしまった。
迷い込んだ少年は、通りすがりの青年と一緒に歩き始める。
その道の本性がだんだんとわかってくる。
命の危険を感じることもあったし、
何か懐かしい風を肌に感じることもあった。
ただ、元の世界へ通じる出入り口は、
閉じられているところもあって、なかなか元の世界に戻れない。
でも、最後はちょっと切ない終わり方。
ホラーというわりには、安心したかな。

2篇で200ページほどの分量です。
ちょっとした隙間に異世界を楽しんでみてはいかがでしょうか。

=======================
夜市
恒川光太郎
角川書店 2008年



2022年9月14日水曜日

読了メモ「構造と力 記号論を超えて」浅田 彰



読了。

読んでみたかった作家の一人。
理解できないだろうと敬遠していたきらいはあるが、
案の定、難解であった。

序の部分は、大学生へのエールから始まる。
このあたりは余裕のよっちゃんである。
教養課程の重要性を紐解きながらも
浅田節に引き込まれていく。

例えば、読書について。

 入門書を精読して手がたく出発しようなどという
 小心さは、あえて捨てたい。〜(中略)〜
 せっかく受験勉強というインスタント公害食品から解放されたのだ。
 知のジャングルをさまよって、毒でも薬でも
 どんどんつまみ食いしてみればいい。(P20〜)

と。

で、問題はここから先の本章からなのだが、
いきなり最初からつまずく。
一つ一つのパラグラフが短いのが幸いではあるものの
解らない言葉が否応なく出て来る。
人間の存在が有機的な自然界の秩序からのズレを生じさせており
このズレがいかに帰結するかを論じている。
と思う。確信は持てないが。

また、国家を論ずる章では、金(Gold)に替わって
貨幣が象徴中の象徴で、象徴的価値体型を吊り支える中心であると言う。
いわば地上に現れたブラックホールとして、
欲望の流れを一方的に吸引し続けるらしい。

だからなんだと言わんとすることを纏め上げる理解力を
自分は持てていないので、このあたりでやめておく。

ちょっと救いだったのは、数多の経済学者や
思想家の名前が噴出する本書の中で
ジョン・ケージやグレン・グールドという音楽家の
名前が登場してきたことに一抹の親近感を覚えたのは確か。

著者の本はもう一冊、積んであるので
本書も併せて再読をしたい。

====================
構造と力 記号論を超えて
浅田 彰
勁草書房 2021年


2022年9月4日日曜日

読了メモ「ザリガニの鳴くところ」ディーリア・オーエンズ




読了。

2021年の本屋大賞、翻訳小説部門1位の作品。
話題にもなったので、読まれた方も多いのではないでしょうか。
翻訳モノに苦手意識のある自分でしたが
本書は、ストーリーも情景も人物の心の動きも
すっと入ってきました。
読みやすかったですね。

読みやすかったことの反面、
内容は切なく、アメリカの格差社会を
浮き彫りにする物語でもありました。

場所は、それこそザリガニが鳴きだしそうな
深淵な湿地・沼地で水上生活をする少女。
きちんと、水上集落らしきものもあって
お店もあり、交通手段はもちろんボートです。

一方、対する街には、お決まりではありますが
彼女にちょっかいを出す輩がいれば
彼女を守ろうとする若者もいます。
また、役所は、彼女を「保護」し
里親に預けようとしますが、
ザリガニの鳴くような沼地の奥地にいれば安全です。
母親は彼女を捨てて沼地を去ってしまっているのです。

そこで一つの事件がおこり、彼女に容疑がかかります。
真偽の程は読んでみていただきたいのですけれど
入り組んだ水路や、鬱蒼とする水草や木々の中での水上生活者と、
クルーザーを乗り回し、彼女を見下す人々や警官の姿が
鮮明すぎるほどに対照的です。
法廷では、人種差別に関する記述もあり
アメリカ社会のそれこそ奥深い沼のような慣習が綴られています。

舞台となった湿地は実際のモデルがあり、
今では、開発でかなり縮小されてしまったようです。
ザリガニの鳴くところは、どこかにまだ残っているのでしょうか。

===================
ザリガニの鳴くところ
ディーリア・オーエンズ
友廣 純訳
早川書房 2021年


2022年8月20日土曜日

読了メモ「このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ハプワース16、1924年」、「ナイン・ストーリーズ」J.D.サリンジャー



読了。

サリンジャーの本を2冊読みました。
どちらも短編集ですが、前者の方は連続短編という感じ。

翻訳者が違うので、読み応えはどうかなと思ったけれど
さすがに、評判の高いお二人なので、大変読みやすかったです。
ただ、前者の本の最後のお話は、手紙形式なのですが、
とても分かりにくかったし、あまりに長すぎるのが玉に瑕です。

サリンジャーといえば、「ライ麦畑で捕まえて」が有名で、
逆にそれを読んでしまうともう読む機会はないくらいだったのですが、
今回、思い切って2冊読み切ってみました。

どちらも、時代背景は、第二次世界大戦前あるいは戦中の頃で、
前者の本では、戦場の生々しい話があったり、
兵士の悲しさや寂しさ、故郷を想う心情が描かれています。
日本兵と戦う話や、ヨーロッパ戦線の話も出てきて、
話の広がりがワールドワイドで、思わずのめり込んでしまいます。

後者は、戦場がでてくるところはないですが、
逆に、それぞれのお話の最後の部分で、
背筋に冷たいものが走るようなゾワッとする形で終わる話や、
悲鳴をあげそうになる話が多いです。
このような展開が多かったのは少々意外でした。

おすすめとしては、最後にビックリさせてくれる部分もあるから
後者の本を推すかな。

======================
このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ハプワース16、1924年
J.D.サリンジャー 金原瑞人訳
新潮社 2021年

ナイン・ストーリーズ
J.D.サリンジャー 柴田元幸訳
ヴィレッジ・ブックス 2009年

 




2022年8月12日金曜日

読了メモ「草枕」夏目漱石、「『草枕』変奏曲 夏目漱石とグレン・グールド」横田庄一郎



読了。

「草枕」は、有名なこの文章で始まります。

 山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。
 意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。

また、続いてこうある。

 住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、
 有難い世界をまのあたりに写すのが詩である、画である。
 あるは音楽と彫刻である。

この本を愛読した音楽家がいる。
バッハのゴールドベルグ変奏曲で有名な
カナダのピアニスト、グレン・グールドだ。
クラシックに詳しい人の間では
このことは有名らしいが自分は初めて知った。
彼はこの草枕を「二十世紀の小説の最高傑作の一つ」と評価し、
死に至るまで手元に置いて愛読していたそうである。

まず、その草枕であるが、不思議な小説だ。
筋らしい筋がない。
読み終えて感じたのは、これは小説というよりも
夏目漱石の芸術観の一端を表現したものかもしれないと。
主人公は山奥の温泉場に出向いた
画工(えかき)なのだが、一向に画は描かない。
周りの豊かな自然や風景に心を寄せて詩情を抱き、
那美という宿の出戻り娘に温泉場の人々や
お寺の坊主が翻弄される様を見ては斜に構えていたりする。
最後は、出征する青年と、那美に起きた意外な事件で
画が描けそうな雰囲気になるところでおわる。

一方、グレン・グールドは、草枕を英語版と日本語版で
保存用と読書用に合計4冊も持っていたそうだ。
グレン・グールドと夏目漱石は偶然にも同じ50歳で生涯を閉じる。
草枕をグレン・グールドが読んだのは、
1966年から67年だが、草枕を読む前と後の
彼のゴールドベルグ変奏曲の演奏が
こんなにも違うのかと素人の自分が聴いても驚くほどである。
まだ、ネット上で聴きかじっただけだが
ちょうど聴き比べのできるCDが販売されているので
今度、じっくり聴き比べてみたい。

また、草枕以外にもう一つ、グレン・グールドに影響を与えた
日本芸術の記載があった。
安部公房原作の映画「砂の女」である。
勅使河原宏監督、岸田今日子主演の1964年のモノクロ映画。
グレン・グールドが草枕を読む前になるが
彼はこの映画を100回以上は観たという。
ちなみに、この映画の音楽は、武満徹が担当していた。

グレン・グールドは、人前での生演奏をやめて、スタジオに篭り
ひたすらスタジオの中で演奏、録音や、ラジオ制作をするという生涯を送る。
ミキサーの前に座っている彼は、
スタジオの中は子宮の中にいるようだとも言っていたという。

草枕、砂の女という日本の芸術に影響を受けた
カナダのクラッシックピアニストの生涯。
言葉の壁はもちろんあった筈だが、
グレン・グールドの心底に流れ通じたものはどんな感慨だったのだろうか。

========================
草枕
夏目漱石
新潮社 2021年

草枕変奏曲 夏目漱石とグレン・グールド
横田庄一郎
朔北社 1998年

2022年8月8日月曜日

読了メモ「人間の証明」森村誠一




読了。

 母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね?
 ええ、夏 碓井から霧積へ行くみちで、
 渓谷へ落としたあの麦稈帽子ですよ。

 母さん、あれは好きな帽子でしたよ。

 (西條八十・作 「帽子」より抜粋)

一世を風靡したミステリー小説。
書影の竹野内豊は、2004年TVドラマでの刑事役ですが、
自分には、1977年の角川映画で刑事を演じた松田優作と、
ジョー山中が歌う主題歌しか記憶にありません。
前年の角川映画は「犬神家の一族」でしたね。

ストーリーは、ご存知のお方も多いと思います。
フィクションとはいえ、戦争という災いに端を発する
一つの事件だったのかと思います。

こうやってあらためて小説として読んでみると
あの時に観た映画のシーンやそれこそ主題歌が再生され、
脳内で原作の形で映画がリメイクされる感じです。

あまり多くを語る必要もないので、
お約束の動画を貼り付けておきます。


===================
人間の証明
森村誠一
角川書店 2004年


2022年7月31日日曜日

読了メモ「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」フィリップ・K ・ディック




読了。

さて、いきなり問題です。
本書は、何の映画の原作でしょうか。

書影にも書いてあるし、有名なので
ご存じのお方もござりましょうが。。。
答えは「ブレードランナー」です。

ここでいうアンドロイドが、
映画上ではレプリカントになるわけですが、
本書を読むと、あまりに映画とのひらきがあって
あの映画の壮大なスケール感と映像世界を生み出した
リドリー・スコット監督の凄さを感じます。

環境破壊により、火星に移住した人類は、
労役を人間型ヒューマノイド、
つまりアンドロイドにさせるのだが、
アンドロイドの中には地球に逃亡する者がでてくる。
主人公のリックは、そのアンドロイドハンター。
しかし、地球には、人間世界そっくりの
アンドロイドの警察機構ができあがっているし
骨髄検査までしないと正確には
アンドロイドか人間かがわからない。
一時は、リックもアンドロイドと疑われ
殺人罪で拘束されたりもする。

指令されていた、アンドロイドを処理して
リックは山羊のいる自宅に帰るが、処理されていた。
本物の山羊ではなかったのだ。

アンドロイドは電気羊を夢を見るか?
最後にきて、ようやく不思議なタイトルの意味の深さが
わかってきました。

=======================
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
フリップ・K ・ディック 浅倉久志訳
早川書房 2020年



2022年7月26日火曜日

読了メモ「ゲルハルト・リヒター 写真論/絵画論」 ゲルハルト・リヒター他



読了。

今年の10月2日(日)まで、国立近代美術館で開催されている
ゲルハルト・リヒター展に行ってきました。

ミュージアムショップで図録を買おうと思ったんだけど、
デカいし、せっかく買ってもパラ見で終わって、
本棚の肥やしになってしまう気がしたので、
絵のサンプルはポストカードで気に入ったものを選び、
書籍として、本書を購入しました。

アブストラクト・ペインティングと言われる抽象絵画が代表的で、
自分の目で見ただけでは、その素晴らしさがちょっとわかりません。
何か感じるものは確かにあったんだけど。。。
その点、本書は活字だし、なおかつインタビュー集なので
少しは理解が進むのではないかと密かに期待もしたのでした。

果たして、知らない画家の名前はたくさん出てくるはで、
やはり難しくはあったものの、
それはどちらかというとインタビュアーの質問の方で
リヒター自身が語る言葉はシンプルで平易だったと思います。
トンガってる話も多くありましたが。

写真を模写する絵画の話になった時、

 「写真を書きうつす場合は、(中略)、
  いわば自分の意志に逆らって書くことができるのです。
  そして、それは自分を豊かにしてくれると感じました。」

と述べています。我々が見ている現実はあてにならず、
自分の見方を客観的に訂正するには、写真が必要だというのでした。
なるほど、写真を撮るのが好きな自分には通じるものがありました。

ベルリンの壁ができる頃
1961年にリヒターは西ドイツに逃れてきます。
この頃の話は、過去のドイツに対する熱のこもった話になり
ページが燃え上がりそうな雰囲気にもなります。
リヒターの絵の前で、ひざまづいて人が涙を流すかという問いに対しては、
絵画にはそんな力はなく、むしろ音楽が向いていると言います。

そして、形式をもたらす偶然性を大いに信頼しているとして
手本となるのは、音楽家のジョン・ケージだと言っています。
雑然とした音響世界から音楽の構造を漉し分け、
一つの形式を与えるのだと。
不意に音楽とのつながりがでてきて、ここは面白いところでした。


最後には、日記のような自筆のノートを掲載しています。
アカデミーという名の芸術大学を猛烈に批判し、
芸術とは、真理と幸福と生命への最高の憧憬として働きつづけ、
一方で、自分が欲している映像とは何なのかと自問し続ける。

そして、イデオロギー、政治家、支配者に対する
異常なまでの嫌悪を粛々と述べて本書は終わっています。

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ゲルハルト・リヒター 写真論/絵画論
ゲルハルト・リヒター他 清水 穣訳
淡交社 2011年

2022年7月15日金曜日

読了メモ「山月記・李陵 他九篇」中島 敦




読了。

ちょっと、今までに読んだことのない傾向の本を読んでみた。
中国の古典や、漢文調のリズムの良さを活かしながら
読みやすい文体で書かれた作品11篇からなる。

どれも人間の浅はかな考えや思慮の無さ、
自己中心な生き方に流れがちなところを
ビシッと打ち止めて、改心を促す作品ばかりである。

本書のような作品は、正直、読めない漢字が多い。
ルビがふってあっても、遡って読み方を確認することもざらだ。
筆順辞典を持っているので、読めなくとも調べることはすぐにできるが
そのまま飛ばして読んでしまうことも多い。
一つ一つ確認し、意味を理解して読むのがよいと思う一方で
文体の流れやリズム感も楽しみたいとも思ってしまう。

タイトルになっている「山月記」は、
詩人の主人公がなんと虎になってしまう話である。
自分の欲するがままに生活をし、
口先ばかりの生活をしていたら、
いつのまにか、毛が生え、四つ足で走りはじめ、
兎を食い殺していたという。
山中で、主人公は友人に会い、虎の姿のまま人間の心を取り戻し
これまで、己が評価されることしか考えず
残した妻子のことを二の次にしていたことなどを悔やみ、
丘の上で咆哮するという話。

西遊記に絡んだ話が二篇あって、
どちらも、沙悟浄の話である。
この沙悟浄が、もうクズで小心者。
何をするにも躊躇し、失敗への危惧から努力を放棄していた生き方を
玄奘三蔵や孫悟空、猪八戒と遭遇して
特に、悟空の思い切りの良さ、自分が決めた道を
まっしぐらに進む生き方に心を動かされる。
時には、悟空と罵り合いもするようになり
身を持って悟空から学びを得ようとする。

西遊記といえば、堺正章が主演のあのテレビドラマを思い出すけれど
ちょうど、岸部シロー演じる沙悟浄の雰囲気がマッチしていて
読んでいてとても面白かった。
ということで、懐かしいオープニングです。


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山月記・李陵 他九篇
中島 敦
岩波書店 2021年



2022年7月5日火曜日

読了メモ 「侍女の物語」「誓願」 マーガレット・アトウッド



読了。

「誓願」は「侍女の物語」の続編です。
いわゆる、ディストピア小説と言われるお話を
一気読みしてみました。

男女別階層社会、同性間でも階級があって
侍女はその最下位にあたります。
階層別に服も決まっていて、侍女は赤い服です。

物語は、二十二世紀初めに学会か大学のようなところで
議論されるギレアデという共和国に関する話です。
読み進めていくと、このギレアデという国は、
不思議なことに、アメリカ合衆国の中にあるようで、
しかも、存在していた時代は、現代とほぼ近い時代のようです。
1970年代のことを70年代と呼んでいましたから。

侍女は、言ってみれば子どもを産むための存在でしかありません。
食事や洗濯などをする召使の階層もありますが、侍女はさらにその下。
いつぞや、日本の社会的地位のある方が、
女性は「子供を産む機械」という発言をして大問題になりましたが、
ギレアデ共和国ではそれを地で行っています。
本書の中でも、侍女は二本の足をもった子宮にすぎないと書かれており、
女性らしい振る舞いも化粧も禁じられています。

大きな権力を持っているのは、富裕層ではありますが
社会生活の実質的な権限を掌握しているのは「小母」と呼ばれる女性たち。
戒律といいつつ実態は、自分達に都合の良い生活環境を構築しています。
男性の方はというと、司令官という階層が上層にあり、
正妻を持つが、ほとんど夫婦らしい会話もしない。
侍女の名前も、仕える司令官の名前によって変わる。
例えば、グレン司令官の侍女なら、オブグレンというように。
そして、側女として侍女が司令官の子どもを産む。
子どもを産めば、昇進もするし昇級の機会も与えられる。
でも、出産に失敗し続けた侍女の行く末は。。。

続編の「誓願」の後半では、10代の異父姉妹の侍女二人が
隣国カナダへ脱出する話があるのでまだ救われます。
「侍女の物語」は読んでいて、本当にいやな気分になった。

ディストピア小説として有名なのは
ジョージ・オーウェルの「1984」ですが、
これは高校生の頃だかに読んだけれど、
すっかり忘れてしまっており、再読しようと思っています。
ただ、本書2冊を読んだあとすぐには、ちょっと勘弁かな。

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侍女の物語
マーガレット・アトウッド 斉藤英治訳
早川書房 2020年

誓願
マーガレット・アトウッド 鴻巣友季子訳
早川書房 2020年