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2017年5月29日月曜日

読了メモ「日本でいちばん小さな出版社」 佃 由美子


読了。

とっても、痛快です。

出版業とは全く無縁の仕事をしていた彼女が
ひょんなことから一冊の本を出版することになってしまう。
いきさつはどうあれ、その後の話の展開具合、転がり具合、
つまずきながらもあらよっと乗り越えて行く姿と勢いが実にいい。

なにせ、こんな言葉がやたら頻繁にでてくる。

「実は後から知ったことなのだが」

こう言っては失礼だが、もう出たとこ勝負なのである。
読んでいて面白くないわけがない。
もちろん出版業がとても大変な仕事で
けっしておちょくって書かれていることはないし
読み手側もそんなことはこれっぽっちも思っていない。
たぶんに彼女のキャラクターによっているところが大きいのでしょう。
ちょうど彼女の世代年齢が自分と重なっていたり、
スープラに乗っているというのも何か変にくすぐられる。

同時に、取次と呼ばれる全国書店への卸業者とのやりとりや
売れ残った本の返品、見本納品、短冊型の用紙による注文の取り方
はては最近のオンライン書店の事情など
出版業界ならではの御作法の一部分を覗くこともできる。
しかもめちゃくちゃ現場レベルでの話でだ。
だから、臨場感もあってわくわくで読み進めてしまえるのでしょう。


著者の出版社は「アニカ」という会社です。
出版社で読む本を選んでいることはほとんどないですし
新刊よりは古本屋漁りがメインの小生としては、
巡り合うチャンスは少ないのかもしれないけれど
心に留めておきます。はい。

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日本でいちばん小さな出版社
佃 由美子
晶文社 2007年




2017年5月22日月曜日

読了メモ「人生の特別な一瞬」 長田 弘



読了。

大好きな長田さんの詩集だ。
詩文集と書いてあった。

詩というと、短い一行が改行されて
ページの下3分の2ほどが余白のイメージだけど
これはちょっと違う。
改行が都度されていないので
ぱっと見はエッセイなのかなと見えるけれど
読むとこれが詩になっている。

以前に読んだ書で、
朗読のスピードが詩を読むには丁度良い
とあったのを思い出し
途中から声にだして読んでみた。
やはり、よい。
心に、胸に見事に響く。
読み終えたあとの余韻の広がりにも
しっとり浸ることができる。
条件として、静かな部屋で読むことが必要だけれど。

この詩集を絞める「あとがき」もよい。
本書を手に取られる方は、
是非、このあとがきまで読んで欲しい。
人生は完成でなく断片からなり、
断片の向こうに明るさというか広がりがある
という言葉が、過去も未来も今もつながる
人生の広大さを見させてくれる。

このメモを書くにあたって、
気になって付箋紙をつけておいた詩がいくつかある。
もう一度、声に出して読んでみよう。

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人生の特別な一瞬
長田 弘
晶文社 2005年

2017年5月13日土曜日

読了メモ「西表島の巨大なマメと不思議な歌」 盛口 満



読了。

マメ というと何を思い浮かべるだろうか。
ダイズ、サヤエンドウ、インゲンマメ、アズキ、ソラマメ、、、
本書にも書かれている通りで、たいていの場合、食べられるマメしか知らない。
あとは、枝豆や納豆などメニューに出てくる豆くらいか。
そして、これらは小さい。せいぜい大きくてもソラマメくらいまでで、
豆粒ほどの...などと小さいことを指す言葉にもなっている。

ところが、本書に出てくるマメはでかい。
サヤの長さが1メートルを超え、その中に20個近い豆が入っており、
一つ一つの直径も4〜5センチはある大きなもので、表皮はめちゃくちゃ固い。
なかには、有毒成分を含んでいるものも珍しくないという。
群生して木質化したツルを見上げると「ジャックと豆の木」に出てきたような
大きな葉ぶりで、根元まわりは40センチ近くにもなるそうだ。

西表島にはこれらの巨大なマメの他にも
ヤマネコやクイナなど世界的にも珍しい生き物が生息するとともに
同じ島に古くから人が住んでいる歴史もある。
秘境で希少な自然に目が行きがちだが
そこに住む人たちと自然との関わりという観点でみていくと、
また違った西表島の姿を感じとることができる。
彼らにしてみれば、巨大なマメもヤマネコも身近にある普通の自然なのだ。
昔はヤマネコも獲って食べていたこともあったそうだ。
本書はそういうことを教えてくれる。

それが象徴的にあらわれるのが島に伝わる不思議な歌。
カエルに羽が生えたり、ヤモリがサメになり、トカゲがジュゴンになる。
弥勒信仰が盛んな地区では、ミロク祭が転じてミルク祭と呼ばれ
そこには、ズタ袋を担いで長靴を履き、
目がたれ口髭を生やして丸い口を開けた面を被って
オホッ!オホホホ!と奇声をあげて
女性をたぶらかしてつれさろうとする道化役がいる。
集落ごとにこの祭の様式や歌の歌詞が異なってくるのも面白いところ。

西表島の巨大なマメは、海をただよい漂着して分布を広げてきたそうです。
島の古くからの祭も歌も生活も、きっとどこからか流れ着いて
また流れていって今の姿になったのでしょう。

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西表島の巨大なマメと不思議な歌
盛口 満
どうぶつ社 2004年




2017年5月5日金曜日

読了メモ「若き日の山」 串田孫一



読了。

文章の好きな作家の一人。
今まで何冊か読んできているけれど
風景描写がとても綺麗でいて、読む人の脳裏に沁みていき、
そして、時折、その心を強く打つ。

自分は、GWの渋滞並みの富士山頂登山をしたくらいで、
山岳の経験はないし、山での感慨の思いを実感したことがない。
それでも、この人の文章を読んでいると
遥かなる山と自然、繁る木々や囀る鳥たち、
山小屋に通じる小径のようなものまでが
目の前にすうっとあらわれてきて、
それが人生の捉え方や平和への思いだったりを
指し示すような流れで頭のなかに入ってくる。

もう一つ、親として息子への思いを綴るくだりがある。
息子が一人の女性を山小屋に連れてくる。
本書の中ではこの部分がとてもいい。
そう感じるのは、自分にも息子があるからかもしれないけれど、
著者の親としての純粋な気持ちだったり、
自分の人生を振り返って自問自答している心の声が、
山小屋で囲炉裏を挟んで聞こえてくるよう。

山岳文学というと、厳しい極寒の冬山で生死の境をさまよったり、
危険な場所をつたい歩くようなイメージを持ちがちだけれど本書は全く違う。
社会に生きる人として、親として、
そして平和を願う市民としての思いが山の自然と一緒に描かれている。
山の中に生きるとこういう感性が磨かれるのだろうかと思うほど。

この人の作品はこれからも読んでいきたいと思う。

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若き日の山
串田孫一
山と渓谷社 2001年