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2022年5月23日月曜日

読了メモ「アポロって本当に月に行ったの?」エム・ハーガ




読了。

時々、この話を耳にするけれど、
みなさんはどう思いますか。

思い起こせば、
「この一歩は一人の人間にとっては小さな一歩だが、
 人類にとっては偉大な一歩である」
とは、アポロ11号のアームストロング船長の言葉。
翌年の大阪万博での「月の石」の展示。
月着陸船や母船とのドッキングの映像。
そして、月面での活動の様子。
星条旗が立てられた写真もありましたね。

しかし、これらは本当のことなのか。
米国国民の20%は月面着陸を信じていないとか。
本書では、当時のさまざまな写真をもとに
月面での不可解な現象を指摘しています。
はためく星条旗、向きや大きさの違う影、
逆光なのに鮮明に写る飛行士や着陸船のパネル、
星一つ写っていない真っ暗な宇宙。
などなど、他にも言われてみれば。。。。
という写真や映像の解説があります。
もちろん、写真や映像はNASAが公表したものです。

また、アポロ計画の背景にあった
旧ソ連との関係についても触れています。
当時、宇宙開発においては、旧ソ連が優勢でした。
1961年に旧ソ連は人類初の有人宇宙飛行に成功し、
「地球は青かった」
というガガーリン少佐が残した言葉は有名です。

現在、無人ですが火星への探索が開始され、
日本も「はやぶさ1号」「2号」で、
太陽系の探索を始めています。

アポロが月面に着陸したのが50年前。
それを信じるも信じないのも読者が決めることと
都市伝説のようなことを著者は言っていますが、
宇宙への夢を持って生きようと締めくくっています。

ちなみに、著者のエム・ハーガは、
芳賀正光という日本人で
本書を英語で出版し、自身で日本語訳したものです。
さらに、著者は月に土地を持っているらしいです。

本書に結論はありません。

もう一度お尋ねします。
みなさんは、どう思いますか。

私は行ったと思います。

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アポロって本当に月に行ったの?
エム・ハーガ
芳賀正光訳
朝日新聞社 

※下記は文庫本でのご紹介です。


2022年1月26日水曜日

読了メモ「逃亡者」中村文則




読了。

非常に情報量が多く、時間軸も前後に揺さぶられる、
密度の濃く難しい小説だった。
話の中心となるのは、太平洋戦争中に
日本の軍楽隊で使われ、”神の楽器”と言わしめたトランペット。
そして、そのトランペット吹きの鈴木という軍楽兵士。
このトランペットをジャーナリストの主人公が手にするのだが、
話はトランペットの経緯にとどまらない。

幕末の隠れキリシタン弾圧による市民への圧制。
広島、長崎の原爆投下、特に長崎の浦上天主堂と
そこのマリア像を隠すアメリカ。
日本の降伏を決定づけたのはその原爆ではなく
ソ連が満州に進駐したこと。
フィリピンでの日本人慰安婦が紙屑同然の軍票を抱えて
川の中で溺れ沈んでいく姿。
ベトナムで出会う愛する女性が、
ヘイトスピーチのデモの中で不慮の事故で死亡。
そのベトナムも終戦後は再び、フランスの進駐を受け
再び戦火が広がる事態に陥る。

いずれも罪のない市民が尊い犠牲を強いられる話がつながっていく。
トランペット吹きの鈴木兵士の手記があり、これも心が痛む。
戦場の兵士を鼓舞するための演奏、
天皇陛下を崇めるための演奏、
現地の住民を慰めるための楽曲も演奏するという。
時には銃弾が飛び交う中でも吹いたという。

もともとは、このトランペットの所有権を巡って、
鈴木兵士の遺族が名乗り出るところから話が
始まっていくのだが、最後は寂しい病室で話は結末を迎える。

途中にあった、下記に大衆市民についてのくだりが心に刺さる。

 君達は、このまま敗北し続けていくだろう。
 人権や多様性と言いながら、敗北していくだろう。
 黒人達のために立ち上がった、キング牧師の言葉を知ってるだろう?
 『最大の悲劇は、悪人達の圧制や残酷さではなく、
  善人達の沈黙である』・・・・・
 君たちは善人達の沈黙に負けるだろう。
 〜中略〜 大衆を愛することができるか?」(p450)

日本とは何だろう? という問いが頭の中を巡る。
設定が複雑なので、好みの分かれる小説ですが
ご興味のある方はぜひ。

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逃亡者
中村文則
幻冬舎 2020年



2020年6月6日土曜日

読了メモ「ぼくの植え方 日本に育てられて」エドワード・レビンソン




読了。

アメリカ人で、写真家の著者が
日本に移住し、日本人女性と結婚し永住権を取得。
海も山もあるいわゆる田舎に移り住み、
農業を通じて、自然の中に聖地を
見出すというなんとも崇高なお話。

アメリカにいた頃からバックパッカーで、
ヒッチハイクをして移動していたが、
日本にきてからはなかなかそうはうまくいかない。

最初は、庭師の仕事に就く。
彼に言わせればガーデニングなのだが、
外国人が半纏を着て、庭の松の木の剪定をしている様子なんか
なかなか稀有な光景だろう。

次に農業をするため、田舎にいく。
田舎では、なんの躊躇いもなく相乗りをさせてくれる。
手を挙げずとも、軽トラのおじいさんから
声をかけてくれる。「どこまでいくの?」と。

逆に、著者がバンを運転していると
山道を歩くお婆さんには声をかけずにはいられない。
そして、優しい笑顔を返してくれる。
お礼にといって、ジャガイモや
タバコでも買ってねと現金を置いていこうとまでする。

田植えの時には、近隣の農家の人が手伝ってくれるばかりでなく、
買い物帰りの通りがかりのおばあちゃんが
見かねて、素足で田んぼの中に入ってきて
手慣れた所作で作業を終えてしまい、
買い物のお裾分けまでいただいてしまう。

著者はチェルノブイリ原発事故地近辺の
ベラルーシ共和国から少年数名を招聘し、
一緒に田舎暮らしをするなどの交流活動も試みる。


日本にきて30年以上経つそうだ。
本業の写真家としての活動は、モノクロやデジタルの他に
ピンホールカメラでも撮影を行い、
日本の原風景の撮影を続けている。
エッセイストで本書も翻訳された
奥さんの本には彼の写真が掲載されている。


本書の原稿はさすがに英語で書かれたが
思考は日本語で行ったとか。
各パラグラフの冒頭には、著者作の俳句が載っている。
日本語の俳句も味があって素晴らしいが、
英語も読むとリズム感があって心地よい。

著者の笑顔の写真がとてもいい。
日本という国の良さを感じる本です。

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ぼくの植え方 日本に育てられて
エドワード・レビンソン 鶴田 静 訳
岩波書店 2011年