読了。
非常に情報量が多く、時間軸も前後に揺さぶられる、
密度の濃く難しい小説だった。
話の中心となるのは、太平洋戦争中に
日本の軍楽隊で使われ、”神の楽器”と言わしめたトランペット。
そして、そのトランペット吹きの鈴木という軍楽兵士。
このトランペットをジャーナリストの主人公が手にするのだが、
話はトランペットの経緯にとどまらない。
幕末の隠れキリシタン弾圧による市民への圧制。
広島、長崎の原爆投下、特に長崎の浦上天主堂と
そこのマリア像を隠すアメリカ。
日本の降伏を決定づけたのはその原爆ではなく
ソ連が満州に進駐したこと。
フィリピンでの日本人慰安婦が紙屑同然の軍票を抱えて
川の中で溺れ沈んでいく姿。
ベトナムで出会う愛する女性が、
ヘイトスピーチのデモの中で不慮の事故で死亡。
そのベトナムも終戦後は再び、フランスの進駐を受け
再び戦火が広がる事態に陥る。
いずれも罪のない市民が尊い犠牲を強いられる話がつながっていく。
トランペット吹きの鈴木兵士の手記があり、これも心が痛む。
戦場の兵士を鼓舞するための演奏、
天皇陛下を崇めるための演奏、
現地の住民を慰めるための楽曲も演奏するという。
時には銃弾が飛び交う中でも吹いたという。
もともとは、このトランペットの所有権を巡って、
鈴木兵士の遺族が名乗り出るところから話が
始まっていくのだが、最後は寂しい病室で話は結末を迎える。
途中にあった、下記に大衆市民についてのくだりが心に刺さる。
君達は、このまま敗北し続けていくだろう。
人権や多様性と言いながら、敗北していくだろう。
黒人達のために立ち上がった、キング牧師の言葉を知ってるだろう?
『最大の悲劇は、悪人達の圧制や残酷さではなく、
善人達の沈黙である』・・・・・
君たちは善人達の沈黙に負けるだろう。
〜中略〜 大衆を愛することができるか?」(p450)
日本とは何だろう? という問いが頭の中を巡る。
設定が複雑なので、好みの分かれる小説ですが
ご興味のある方はぜひ。
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逃亡者
中村文則
幻冬舎 2020年
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