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2024年8月23日金曜日

読了メモ「星の子」 今村夏子

 

読了。


好きな現代作家さんの一人、今村夏子さんの作品。

お話全体に常にただよう不穏な空気感がなんともいえない。


中学3年生のちひろは、小さい頃は体が弱かった。

両親は、ある人から教えてもらった「金星のめぐみ」という水を飲ませたり、

その水をタオルに浸して体を拭くなどし、不思議とちひろは体調を回復していく。

両親たち自身の健康にも役に立っていると信じて疑わない。

味も他の水と違うというのだ。どうやら甘いらしい。

しかし、これらを不審に思った親戚のおじさんが、

この水を全て水道水に入れ替えてしまう事件がおきたりする。


ちひろは、学校でも辛くて明るい希望の見えない日々を過ごす。

憧れの先生の似顔絵を描くのだが、

友達には計算用のメモ紙にされてしまうし、

当の先生からも叱責されて救いようのない淵に立たされる。

隣に座ることになった転校生にも翻弄されてしまう。


そして、家族は金星のめぐみにまつわる信者が集う「星々の郷」という宿泊地で、

歌を歌ったり、集まった人たちとの交流会に参加する。

一見、楽しそうにも見えるのだが、

いろいろな考え方の人がいて、

ここでも読んでいる側としては心が落ち着かない。


最後は、ちひろと両親で流れ星を見るシーンで終わる。

果たして、この家族は本当に幸せなのだろうか。。。。


最初に読んだ今村さんの作品は「あひる」だった。

このときも読んでいて言いようのない澱のようなものを、

心底に抱えながら読み終えた覚えがある。

今回も存分に今村ワールドを楽しめた。また違う作品を読んでみたい。


なお、本書の巻末には、今村さんと小川洋子さんの対談もある。



以下はAmazonへのリンクです。

星の子
 今村夏子
 朝日新聞出版 2019年

2024年3月12日火曜日

読了メモ「告白」町田 康


読了。

約680ページの長編。準鈍器本か。

「河内十人斬り」という史実に基づいた小説で、

ガチガチなハードな内容かと思っていたら

会話は全て河内弁、地の文もそれが混じり

ツッコミとボケが展開されて笑いだしてしまうほど。


主人公の城戸熊太郎は、喧嘩上等の博奕打ちで

本当にどうしようもなく、村でも手がつけられない極道者。

ただ、その熊太郎の心の声が丁寧に語られており、

騒ぎを起こしていることとは裏腹に、

相手のことを慮りながらも、

思い通りにできない苦しさ、歯がゆさが

読者の心をゆさぶる。

自分はなぜこんなに暴れてしまうのか。

敗けて銭がなくなるのに、なぜ博奕を続けるのか。

愛するあの人は神仏なのではないか。

心と実際の言動が一致しなくてもどかしい。

そして、最後の一言でやっと熊太郎の思いと行動は一致します。


河内弁の表記が自分には読みづらくはあったものの、

熊太郎の世界に引きづり込まれるように読んでしまった。



以下は、Amazonへのリンクです。

「告白」 町田 康

中央公論新社 2005年


2024年1月29日月曜日

読了メモ 「ストーナー」 ジョン・ウィリアムズ(東江一紀 訳)



読了。

1月も終わりそうですが、今年最初の読了メモです。
2014年に初版が刊行された米文学。
農家で育ったウィリアムという青年が英文学に目覚め、
その後、大学で教鞭を振るう一生を綴った小説です。

この文章で始まります。

「ウィリアム・ストーナーは、1910年、19歳でミズーリ大学に入学した。」

ウィリアムは、群の農事顧問の推薦を受けて、大学の農学部に進学を決めます。
ただ、なかなか農学部の勉強に馴染むことができず、
途中で英文学に惹かれ、文学部に両親に断りもなく転入してしまいます。
そして、卒業後も両親の下には帰らず大学に留まり、教師となる道を選びます。

ウィリアムは、とあるパーティで見初めた女性と結婚し、
女児も授かることができます。
しかし、この女性がなかなかの強者で
あとあとまでウィリアムに大きなストレスを加え続けることになります。

一方、大学では、人間関係や軋轢に悩み続けます。
主義主張の激しい学生や教授陣の渦の中で、
ウィリアムは悩み、また運命の悪戯で何度も窮地に立たされます。
そして、ウィリアムはいつしか体の不調を訴えるようになり。。。。

そして最後は、この一文で終わります。

 「指から力が抜け、手にした本がゆっくり傾いて、
  動かぬ体の上を素早くすべり、部屋の静けさの中に落ちていった。」


読み終えて思うのは、全編にわたる寂しさや悲しさ。
ウィリアムは、なぜにここまで追い詰められなければならないのかという悔しさ。
一方で、ささやかでも喜びや幸せを感じて生きていく
人生の素晴らしさを教えてくれました。

喉に少々ものがつかえる感じのお話でしたが、
感動的な小説に出会うことができました。


以下は、Amazonへのリンクです。





2022年9月4日日曜日

読了メモ「ザリガニの鳴くところ」ディーリア・オーエンズ




読了。

2021年の本屋大賞、翻訳小説部門1位の作品。
話題にもなったので、読まれた方も多いのではないでしょうか。
翻訳モノに苦手意識のある自分でしたが
本書は、ストーリーも情景も人物の心の動きも
すっと入ってきました。
読みやすかったですね。

読みやすかったことの反面、
内容は切なく、アメリカの格差社会を
浮き彫りにする物語でもありました。

場所は、それこそザリガニが鳴きだしそうな
深淵な湿地・沼地で水上生活をする少女。
きちんと、水上集落らしきものもあって
お店もあり、交通手段はもちろんボートです。

一方、対する街には、お決まりではありますが
彼女にちょっかいを出す輩がいれば
彼女を守ろうとする若者もいます。
また、役所は、彼女を「保護」し
里親に預けようとしますが、
ザリガニの鳴くような沼地の奥地にいれば安全です。
母親は彼女を捨てて沼地を去ってしまっているのです。

そこで一つの事件がおこり、彼女に容疑がかかります。
真偽の程は読んでみていただきたいのですけれど
入り組んだ水路や、鬱蒼とする水草や木々の中での水上生活者と、
クルーザーを乗り回し、彼女を見下す人々や警官の姿が
鮮明すぎるほどに対照的です。
法廷では、人種差別に関する記述もあり
アメリカ社会のそれこそ奥深い沼のような慣習が綴られています。

舞台となった湿地は実際のモデルがあり、
今では、開発でかなり縮小されてしまったようです。
ザリガニの鳴くところは、どこかにまだ残っているのでしょうか。

===================
ザリガニの鳴くところ
ディーリア・オーエンズ
友廣 純訳
早川書房 2021年


2022年7月15日金曜日

読了メモ「山月記・李陵 他九篇」中島 敦




読了。

ちょっと、今までに読んだことのない傾向の本を読んでみた。
中国の古典や、漢文調のリズムの良さを活かしながら
読みやすい文体で書かれた作品11篇からなる。

どれも人間の浅はかな考えや思慮の無さ、
自己中心な生き方に流れがちなところを
ビシッと打ち止めて、改心を促す作品ばかりである。

本書のような作品は、正直、読めない漢字が多い。
ルビがふってあっても、遡って読み方を確認することもざらだ。
筆順辞典を持っているので、読めなくとも調べることはすぐにできるが
そのまま飛ばして読んでしまうことも多い。
一つ一つ確認し、意味を理解して読むのがよいと思う一方で
文体の流れやリズム感も楽しみたいとも思ってしまう。

タイトルになっている「山月記」は、
詩人の主人公がなんと虎になってしまう話である。
自分の欲するがままに生活をし、
口先ばかりの生活をしていたら、
いつのまにか、毛が生え、四つ足で走りはじめ、
兎を食い殺していたという。
山中で、主人公は友人に会い、虎の姿のまま人間の心を取り戻し
これまで、己が評価されることしか考えず
残した妻子のことを二の次にしていたことなどを悔やみ、
丘の上で咆哮するという話。

西遊記に絡んだ話が二篇あって、
どちらも、沙悟浄の話である。
この沙悟浄が、もうクズで小心者。
何をするにも躊躇し、失敗への危惧から努力を放棄していた生き方を
玄奘三蔵や孫悟空、猪八戒と遭遇して
特に、悟空の思い切りの良さ、自分が決めた道を
まっしぐらに進む生き方に心を動かされる。
時には、悟空と罵り合いもするようになり
身を持って悟空から学びを得ようとする。

西遊記といえば、堺正章が主演のあのテレビドラマを思い出すけれど
ちょうど、岸部シロー演じる沙悟浄の雰囲気がマッチしていて
読んでいてとても面白かった。
ということで、懐かしいオープニングです。


====================
山月記・李陵 他九篇
中島 敦
岩波書店 2021年



2022年4月8日金曜日

読了メモ「コンビニ人間」村田沙耶香



読了。

2016年第155回の芥川賞受賞作。
読まれた方も多いのでは。

タイトルから、コンビニみたいな便利な人間が引き起こす
コミカルな話かなと勝手に思っていたら全く違った。
とても不器用な人たちの話であった。

コンビニの制服を着たAI アンドロイドみたいな人たち。
研修や実習を重ねながら、人間らしく振る舞うようになり、
同僚やお客さんの素振りに感情を揺さぶられたりする。
しかし、一般の会社ではダメなんだと。
主人公はコンビニのアルバイト店員でないと働けないという。
店舗周辺を調査し、マーケットニーズを敏感に把握し
お弁当や軽食の発注量に気を配ったり、
値札や商品の向きを揃えたり、
コンビニの仕事に正面から向き合っている。
世界の歯車になって動いていると実感している。

一方で、コンビニのアルバイト店員をクビになる青年もいる。
一人で世間や体制を批判し、真摯な姿勢が仕事に見えない。
目の前の主人公に毒づきながら、いつのまにか
主人公の家に隠れるようにして生活する逃避者。

主人公はもし自分がクビになっても、
すぐに人員は補充され、お店はまわっていくと
自分の人生に思い馳せる。
でも、やっぱり自分はコンビニ店員じゃないと
やっていけないことに気づく。

これって、一般の会社に勤めている自分もそうで
自分がいなくても、別に会社がどうこうなるわけでもない。
ちゃんと会社は動き続けていくんですよね。

自分が精一杯、活き活きできる時間や空間ってなんだろう。
そんなことを思う一冊でした。

====================
コンビニ人間
村田沙耶香
文藝春秋 2016年

※下記は文庫版でのご案内です。


2022年1月26日水曜日

読了メモ「逃亡者」中村文則




読了。

非常に情報量が多く、時間軸も前後に揺さぶられる、
密度の濃く難しい小説だった。
話の中心となるのは、太平洋戦争中に
日本の軍楽隊で使われ、”神の楽器”と言わしめたトランペット。
そして、そのトランペット吹きの鈴木という軍楽兵士。
このトランペットをジャーナリストの主人公が手にするのだが、
話はトランペットの経緯にとどまらない。

幕末の隠れキリシタン弾圧による市民への圧制。
広島、長崎の原爆投下、特に長崎の浦上天主堂と
そこのマリア像を隠すアメリカ。
日本の降伏を決定づけたのはその原爆ではなく
ソ連が満州に進駐したこと。
フィリピンでの日本人慰安婦が紙屑同然の軍票を抱えて
川の中で溺れ沈んでいく姿。
ベトナムで出会う愛する女性が、
ヘイトスピーチのデモの中で不慮の事故で死亡。
そのベトナムも終戦後は再び、フランスの進駐を受け
再び戦火が広がる事態に陥る。

いずれも罪のない市民が尊い犠牲を強いられる話がつながっていく。
トランペット吹きの鈴木兵士の手記があり、これも心が痛む。
戦場の兵士を鼓舞するための演奏、
天皇陛下を崇めるための演奏、
現地の住民を慰めるための楽曲も演奏するという。
時には銃弾が飛び交う中でも吹いたという。

もともとは、このトランペットの所有権を巡って、
鈴木兵士の遺族が名乗り出るところから話が
始まっていくのだが、最後は寂しい病室で話は結末を迎える。

途中にあった、下記に大衆市民についてのくだりが心に刺さる。

 君達は、このまま敗北し続けていくだろう。
 人権や多様性と言いながら、敗北していくだろう。
 黒人達のために立ち上がった、キング牧師の言葉を知ってるだろう?
 『最大の悲劇は、悪人達の圧制や残酷さではなく、
  善人達の沈黙である』・・・・・
 君たちは善人達の沈黙に負けるだろう。
 〜中略〜 大衆を愛することができるか?」(p450)

日本とは何だろう? という問いが頭の中を巡る。
設定が複雑なので、好みの分かれる小説ですが
ご興味のある方はぜひ。

=========================
逃亡者
中村文則
幻冬舎 2020年



2021年12月27日月曜日

読了メモ「文鳥・夢十夜」夏目漱石、「漱石文明論集」三好行雄編




読了。

丁度、漱石先生絡みの本を続けて読み終えていたので
一緒にアップすることにしました。

まずは、短編集の「文鳥・夢十夜」。
実は、夢十夜を題材にした朗読鑑賞会が鎌倉であったので、
本書は、その予習のために手にとったものでした。
鑑賞会当日は、日の高いうちの屋外開催で大変暖かく、
ウッドベースの効果音もあったりで
大層気持ちのよいイベントでした。
ただ、夢十夜そのものは、どちらかというと
しんみりしたり、あるいは怖かったりする話があり
鑑賞会と読んだ印象とはまるで違ったものとなりました。

本書の中では、「文鳥」という作品が好きです。
縁側の陽当たりのよいところに鳥籠がおかれ
文鳥の可愛い足や嘴の細かい様子が繊細に描かれています。
一方で、小鳥は寒さに弱いことや、猫や烏に狙われやしないかと
余計な心配があたまをもたげ、少々じれったくもなりました。

他には、イギリス滞在中の霧のロンドンの話、
漱石先生といえば、胃腸が弱いことで知られていますが、
その病に伏せ苦しみながらもブツブツと不平不満を漏らす話が綴られています。
長編小説ではみられない、
私小説的な面白さが溢れる短編小説集でした。


もう一冊は、講演集です。
面白いのが、全編に渡り、講演の冒頭で
本当は講演を引き受ける気はなかっただの、
やむを得ずここまで来たなどと
まさに胃が痛いような口上を述べています。

多くの講演が収録されていますが、
大正三年の学習院での「私の個人主義」が秀逸でしょう。
教師という職業への疑問、ロンドンで自らの嚢(ふくろ)を
突き破る錐が見つからず、何のために書物を読むのかもわからない。
それで、どうしたかというと、文芸とは一歩離れて
「自己本位」という言葉を立証すべく、科学や哲学の思索に耽ったというのです。
漱石先生はこの自己本位という言葉を得て
大変強くなったと言っています。
霧のロンドンの中で道を見つけることができたと。
若い人に自らの道を積極的に追い求めるよう諭しています。

夏目漱石というと、「エゴ」というキーワードも
一緒に耳にすることがあります。
あまり聞き応えがよくないのですが、
この講演集を読むと、漱石先生の苦しみや
西洋文明に対して自己をいかにして確立したか、
講演ですからまさに肉声が聞こえそうで、
その考え方が手に取るようにわかります。


余談になりますが、漱石先生のお子さんは
茅ヶ崎に住んでおられ、
なんと自分の住まいの近くであったことがわかりました。
これも何かの縁かもしれません。

また、漱石作品を読みたいと思います。

=========================
文鳥・夢十夜
夏目漱石
新潮社 2021年

漱石文明論集
三好行雄編
岩波書店 2019年



2021年12月21日火曜日

読了メモ「海と毒薬」遠藤周作




読了。

恐ろしい話です。
人の生命とは、命の尊厳とは。。。
戦争は本当になにもかも狂わしてしまうのでしょうか。

本書は小説でフィクションなのですが、背筋がぞっとします。
第二次世界大戦末期の日本人とは
どういう人間だったのか。異常者だったのでしょうか。

よく、日本の戦争映画を観たり戦争物を読むと
こんなフレーズを耳にしたことありませんか。

 「生きて虜囚の辱めを受けず」

日本軍人、あるいは民間人においても、
人命軽視の議論のもとにもなった一文。
立場が一転して、米国人捕虜に対して、
日本軍はどのような待遇を施していたのか。

ある病棟で医師は、懸命に一人の結核患者の命を助けようとする。
しかし、患者は助かる術もなく姿を消して行く。
あらゆる手をつくしてもどうにもならない悔しさ虚しさに
打ちひしがれているところへ
秘密裏に捕虜に対する「ある司令」の話がおりてくる。

病院内では安楽死について激しい議論が交わされてもいた。

 「死ぬことが決まっていても、殺す権利は誰にもありませんよ。
 神さまがこわくないのですか。あなたは神さまの罰を信じないのですか」(p113)

医師の複雑な心境を垣間見る描写もあった。

 「病室で誰かが死ぬ。親や兄妹が泣いている。
 ぼくは彼等の前で気の毒そうな表情をする。
 けれども一歩、廊下に出た時、その光景はもう心にはない」(p142)


ある大義名分の下に、多くの人命を救うために
この捕虜たちは「生かされる」として
手術室には、処置をする医師や看護婦長だけでなく、
将校たちが後ろから遠巻きに覗き込んでいたりする。
字面を追うだけで、むっとする場面だ。

もう勘弁してください。
でも、一度は読んでみてほしい。

==========================
海と毒薬
遠藤周作
新潮社 2016年

※下記は講談社文庫でのご案内です。






2021年10月27日水曜日

読了メモ「希望が死んだ夜に」天祢 涼




読了。

本書は、書店でも平積みされてたし
本屋大賞の何かの賞を取ったので
ご存知の方も多いかな。

まぁ、読んでいて正直辛かったですね。
ミステリーなので、
闇や影がつきまとうのはいたしかたないですけれど
格差とか、貧困問題とか、世間体とか、見栄とか、
親が子に寄せる勝手な思いとかが
二人の女子中学生に絡まってきます。
その結果、一人が死に、一人は自分が殺した!と。

とにかく出てくる大人がみんな酷い。
こんな大人のいる国の子どもたちの未来はどうなるのかと
心が痛くなるほど。
自分も大人ですけどね。

ラストは、そっちに持っていくのかぁという感じ。
謎解きも早いテンポで進むので、ポカンとして読んでいると
アッという間に終わってしまいますよ。

著者は「天祢 涼」で「あまね りょう」と読みます。
珍しく最近のミステリー小説を読んだのですが、
流行りのミステリーやエンタメ系、往年のSF小説も積み始めてしまってます。
余命のあるうちに全部読了できるんだろうか。
できない時は、墓まで持っていこうと思っています。

==================
希望が死んだ夜に
天祢 涼
文藝春秋 2020年



2021年10月14日木曜日

読了メモ「フランケンシュタイン」メアリー・シェリー、「批評理論入門『フランケンシュタイン』解剖講義」 廣野由美子




読了。

最初は、新書の方を読む予定だったのだが、
ならばいっそのこと、ネタになっている
原作本を読んでしまえと思ったら
見事にずぶっとはまってしまった。

フランケンシュタインは、ご存知の通り
人造人間を作った博士のことであり、怪物の名前ではない。
映画やアニメなどでは、四角い顔でノソノソと歩いてくる、
ものすごい怪力の持ち主ということになっている。

確かに、原作でも怪物は人間を手にかけ、
その事件に絡めて罪もない人が死に追いやられる。
がしかし、読んでいて怖くはないのだ。
ひたすら哀しいとしかいいようがない。
自分の望まざる意思でこの世に生を受け
死体を繋ぎ合わせた醜い巨体は、
怪物自身が見ても恐怖ではあるのだが、
怪物の心はいつも孤独だ。

感動するシーンは、怪物が小屋に隠れて、
板の壁の隙間から、母屋での人間家族の心温まる生活を垣間見たり
子どもたちが勉強をするところを見て、一緒に文学を学ぶところだ。
その結果、怪物はなんと言葉が話せるようにまでなってしまう。
盲目の老人を一人残して家族が出かけたところへ
怪物は降りてきて老人に話しかけ、老人とすっかり打ち解けるが
帰ってきた子どもたちに見つかり、めった打ちにされて追い出されてしまう。
そしてその家族は怪物の存在を恐れ、
あっという間に引っ越してしまうのだ。

このように怪物は常に寂しい気持ちに苛まれている。
そして、自分を愛してくれる友だちを作ってくれと
フランケンシュタイン博士に依頼する。
しかし、博士は。。。。

博士は常に怪物を罵倒し憎悪の念を剥き出しにする。
一方、怪物はなんとか博士にすがりつき自分の生活を
よきものにしたいと懇願するが、叶うことなく、
命をもてあそぶ博士に恨みの念を重ねることになる。

本作は、ロバート・デ・ニーロが怪物役で1994年に映画化もされている。
多少、端折ってはあるものの、原作に近い形ではないかと思う。
もちろん怪物の姿、形は、皆さんがイメージするものとは違う。

繰り返すがホラーではない。読後に切なさを残す物語。
フランケンシュタインの先入観をひっくり返すことになると思う。
一読をお勧めしたい作品である。

新書の方は、もちろん、後から読みました。
合わせて読むと、物語の構成や人称の考え方などの小説の技法や
様々な切り口からの小説の読み方を楽しむことができます。
原作を読んだ直後に、このような批評論を読んだことがなかったので
とても新鮮な感じを受けましたし、文章読解の参考になりました。

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フランケンシュタイン
メアリー・シェリー 芦沢 恵訳
新潮社 2020年

批評理論入門『フランケンシュタイン』解剖講義
廣野由美子
中央公論新社 2020年



2021年9月28日火曜日

読了メモ「変身」カフカ



読了。

名作ですね。
主人公のグレーゴルが、ある朝起きてみると
大きな虫になっているというお話。

背中は硬い殻がついているようなので
甲虫なのかなと思うけど
イメージとしてはゴキブリかなぁと。
日本の家庭でよく見るゴキブリは羽があって飛びますが
海外には、羽がなくて背中が硬いゴキブリがいるんですよ。

最初はもちろん、本人も肝を潰すのですけど
実際のところ、焦ってはいるけど意外に平静。
いつも通りに仕事をしたいとか、
人間らしい生活を送りたいと考えているのが可笑しい。
母親や、心配して家までやってきた職場の上司は
グレーゴルを見て怯えているにもかかわらずだ。

その中でも逞しいのが妹のグレーテだった。
母親がグレーゴルの姿を見て気絶しても
兄に、なぜ母親の前に出てくるのかと叱責し、母親を看病する。
なんとも頼しい。
彼女は両親の期待を一身に受け麗しく育っていく。
兄は巨大な虫なのに。

まぁ、未読のイメージだと
なんやら陰湿な物語かと思うのですが
これがなんとも淡々としていて、コメディみたいな感じもする。
完全にメタファーなんですね。
本質的には、本人は何も変わっていないのです。

嫡男たる兄さんはしっかりしないといけないようですな。

ページ数も100頁強ですぐ読めます。
お時間のある時にぜひ。

==========================
変身
カフカ 高橋義孝訳
新潮社 2021年

2021年9月21日火曜日

読了メモ「あひる」 今村夏子



読了。

あひるが描かれている穏やかな装丁に
惑わされてはいけない。
本書は、ちょっと心が騒つく。
人によってはユーモアと感じるかもしれないけど
自分はゾクっと違和感を読後に感じた。

・あひる
・おばあちゃんの家(書き下ろし)
・森の兄妹(書き下ろし)

の三つの短編小説からなっている。

飼い始めたあひるの名前は「のりたま」だ。
たくさんの子どもが、のりたま目当てに庭に来て賑やかになる。
でも、のりたまは病気になって病院へ。
その間は、子どもも来ないので庭はとても静かになる。
のりたまが生まれ変わったようになって帰ってくると
また庭や家が賑やかになる。
しかし、ある日のりたまは死んでしまう。
庭にお墓を作って埋めてあげるのだが、
小さな女の子がきて、不思議なことを聞いてくる。。。。

おばあちゃんは「インキョ」と呼ばれる離れに居る。
そこに洗濯物やご飯を送り届けに行くのは、
みのりちゃんや弟の役目だ。
ある時、弟の診療のため、夜遅くまでおばあちゃんと
みのり二人でお留守番をすることになった。
みのりは、おばあちゃんに嘘をついて夜に出かけてしまうが
竹藪に迷い込み迷子になってしまう。
やっとのことで公衆電話を見つけて家に電話をかける。
電話に出てくれたのは。。。。

仲良し兄妹は、いつしか他人の敷地に入り込んでしまい、
大きなびわの木を見つけてびわを食べていた。
びわの木のそばには、小屋があり
おばあちゃんが住んでいるらしい。
「ぼくちゃん」と呼ばれてそばに行くと
飴やらお菓子やらを、小さな窓から
皺だらけの細い手を出してよこしてくれる。
が、おばあちゃんが誰かと話しているのを
家の人が知ったのか、大きな怒鳴り声で
おばあちゃんを叱る声に兄妹は驚いてしまう。。。。


と、こんな三つのお話です。
もちろん、エンディングはそれぞれまだ続くし、
細かい描写のジワジワくるところや
ハッピーエンドにも読める
読後の漂ってくる空気とかが妙な感じです。

もうお彼岸ですね。
秋になりますが、ちょっとゾワっとするお話もなかなかよいですよ。

====================
あひる
今村夏子
書肆侃侃房 2017年

※文庫本でのご案内です。


2021年8月22日日曜日

読了メモ「罪と罰」ドストエフスキー



読了。

いやはや、読みきれるとは思ってなかった。
というか、そもそも一生のうちに読むんだろうか?
とまで思っていた作品。

ロシア文学は、ツルゲーネフの「初恋」や
トルストイの「イワンのバカ」くらいしか
読んだことがなくて、
いわんやドストエフスキーなんて。
と、今までかなり敬遠していたのですが、
新訳版も出ているし、いっちょトライしてみるかと思い立てば、
あれよあれよと、上・中・下と読み終えていました。

読破に大いに役立ったのは本書についてくる栞で、
栞の両面に主な登場人物と簡単な素性が書かれているのです。
ロシア人の名前は覚えづらいのが最大のネック。

タイトルが「罪と罰」なので当たり前なんですが
これは犯罪小説です。殺人事件がおきます。
でも、探偵とかは出てこなくて謎解きなどは特になく、
主人公や取り巻く人々の思惑、
周囲の視線のしたたかな矛先、
貧富の格差からの蔑み、諦め、偏見、
などが、えげつないくらいに描かれていて、
人ってこんな風になっちゃうんだぁとか
いったい何を狙ってそこまでするんだろうか
という人間の欲の深さを感じながら読んでいました。
それに、警察や検察、国家という権力の
市民への圧力なんかもボディブローで響いてきます。
そんな辛い世間を渡る中でも、
愛する人への想いの尊さに心救われるところもありました。

登場人物の名前が難しいのは、
先にも書いた栞の活用で解決できるし、
新訳版はやっぱり読みやすいと思います。

次は、「カラマーゾフの兄弟」かな。
こちらも、学生時代に何度挫折したことかw

====================
罪と罰
ドストエフスキー
亀山郁夫訳
光文社 2021年 



2021年7月8日木曜日

読了メモ「東京奇譚集」村上春樹


読了。

村上さんの短編集です。
奇譚集ということは、不思議な話、ちょっと怪しい話というところでしょうか。
村上さんの長編小説は苦手という方も読みやすいと思います。

お話は五つ。
 1)偶然の旅人
 2)ハナレイ・ベイ
 3)どこであれそれが見つかりそうな場所で
 4)日々移動する腎臓のかたちをした石
 5)品川猿

1)は、書店のカフェで偶然出会った女性の運命と、
自分の姉の病気が重なる話。姉の命は助かるが、
カフェの女性の行方は不明。

2)は、サーフィン中に鮫に襲われて死亡した息子のため
ハワイに行く母親。自然の摂理と戦争の犠牲が対比される情景。
そして、謎の片足の日本人サーファー。

3)は、夫が突然蒸発。マンションの下の階に住む
義母のところへ行ったきり帰ってこない。
マンションの階段で住人と交わすも手がかりはなし。

4)は、主人公は小説家で女医の話を書いている。
彼女は腎臓の形をした石を見つけ文鎮がわりに使うが、
昨日に置いた場所とは違った場所に、次の日には石がある。

5)は、自分の名前を忘れてしまう女。学生時代の寮で一緒だった
下級生から預かった名札。自分の名札と一緒にずっと持ったいた。
ところが、それを盗んだ奴がいる。


とまぁ、こんな感じの話が入っています。
不思議なありえない話ばかりなのですが、
どこかで起きていそうな感じもしなくはない
妙な雰囲気が醸し出されています。

いくつものできごとが次々に発生してくるのは
いつもの村上流ですけれど、
ゆる〜く、主人公の感情と絡みついてくる感覚は
なんともいえませんね。

5)の 品川猿 は飛び抜けちゃってますが、
最後にくすっと笑える要素があって
本書の締めにはよい作品だったかな。

村上さんのファンである方も、そうでない方も是非。

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東京奇譚集
村上春樹
新潮社 2005年

※文庫本でのご案内です。

2021年6月10日木曜日

読了メモ「JR上野駅公園口」柳 美里



読了。

本書は、2020年の全米図書賞(翻訳部門)を受賞しました。
東北弁の会話が、どういう風に訳されたのか気になるところ。

ホームレスの話です。
1963年、東京オリンピックの前年に
福島県、当時の相馬郡から東京に出稼ぎに出てきた森という苗字の男。
実家は貧乏で、税務署から差し押さえの札を家中に貼られるほど。
本書はその男の一生を表した作品です。

土木会社の寮に入った男は、畑を耕すのと同じだと言って
ツルハシとスコップで地面を掘り、リヤカーで土を運び出す。
オリンピック後も各地で開発が進み、
男は仙台支社に行くが、突然の訃報がまいこむ。
将来が楽しみだと嘱望された21歳になる息子が亡くなった。死因は不明。
息子は現在の天皇陛下と同じ日に生まれたので、
名前の一文字をもらって浩一という名前だった。

東京に戻って、日雇いの仕事を始めるが
既に誰かのために稼ぐという必要がなくなっていた。
自分の飲み食いのためだけに
働くほど日雇いの仕事は楽ではない。

結果、男は上野公園で寝食を過ごすホームレスとなり
いつのまにか、70歳近い年齢になってしまう。
天皇陛下が上野公園に来るというときには
「山狩り」といって、ホームレス一掃の特別清掃があり、
荒ぶる若者がホームレスを襲い半殺しにする事件も起きる。
ホームレスの仲間同士でも古雑誌の奪い合いもあれば
コツコツ集めた廃材で作った小屋に招いてくれる者もいたりする。
そして2011年3月11日。
男は帰る場所を完全に失ってしまう。

全体を通して切なくて、読むのが辛くなる。
そんな中で印象的なのは、所々で聞こえてくる
山手線が上野駅に入線してくる時のアナウンスだ。
最後も、黄色い線の内側までお下がりくださいという
アナウンスで締めくくっている。
これは何を暗示しているのか。

本書を読んで、東京上野恩賜公園には、
東京大空襲慰霊碑があること、
また、「恩賜」という言葉の意味も
恥ずかしながら初めて知りました。

まだまだ、自分は知らないことがたくさんあります。

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JR上野駅公園口
柳美里
河出書房新社 2014年

2021年3月5日金曜日

読了メモ「坊っちゃん」夏目漱石




読了。

"親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。"

で、はじまるお馴染みの小説です。
何年ぶりに読んだのかなぁ。
おそらく中学生の頃に読んだその時以来だと思うので
かれこれ、四十年ぶりかなw

そこで、皆さんも読んだことがあると思いますので問題です!
下記の登場人物について、坊っちゃんがつけた
渾名を当ててみてください。
さて、何人言い当てることができるかな。。。。

 校長:
 教頭(文士):
 数学主任:
 英語:
 画学:
 遠山のお嬢さん:

あと、坊っちゃんが慕っていたお清という下女がいましたね。

もう中学生の頃に読んだ時の印象は忘れてしまったけれど
今になって再読しても、想定通りに痛快ですね。
べらんめえ調で捲し立ててくるので
すっかり江戸落語を聞いてるような錯覚に陥ります。
テンポもよいし、すいすいとページが進みます。

また、四国は愛媛の「ぞなもし」という方言が
何度も出てきて、短気な坊っちゃんとのやりとりが
可笑しくてたまらないです。
でも、そのうち「ぞなもし」という方言にも
読んでる方も慣れてきたのか、
とても優しい雰囲気につつまれる感じになります。

そんな中で、月給をあげてくれるという話を
坊っちゃんが断るというところで、下宿のお婆ちゃんが
そんなことを言っちゃいかん云々と諭す場面があるのです。
ここがですね〜、昔の自分とちょっと重なる記憶があって、
なんかとても印象深い場面なのですよ。
ふんふん、自分も若かったなぁ〜なんてね。

表紙のモデルは大島優子さんですが、
自分の描く坊っちゃんの作品イメージとは
ちょっと違うかな。


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坊っちゃん
夏目漱石
ぶんか社 2009年


2021年1月23日土曜日

読了メモ「スプートニクの恋人」村上春樹



読了。

ご存知、村上さんの長編です。
読まれた方も多いのではないでしょうか。

ラブストーリーであはあるんだけど、
だんだんとミステリー感も増してくるし
文章そのものも綺麗な印象を受けました。
村上さんの中では好きな作品の一つです。

前半は、村上さん独特の浮遊感があるけれど
すみれという果敢な小説家志望の女性の心情や
憧れの女性との出会いが、薄靄にかかったような感覚で進んでいきます。
それでも、ギリシャの場面に入ると
目の前にパ〜っと青空が開けて物語が展開していきます。
空と建物のコントラスト感といったら素敵すぎます。

ただ、そのあとで、この人物に
大きな異変が訪れます。
向こう側とこちら側。
決して死の暗喩ではないと思うのだけれど
愛され慕われつつも行方不明になってしまう
相手のことが思い浮かばずにはいられません。

スイスの観覧車のシーンで、その女性が
ペーパーバックを読み始めるけれど
状況が状況だけに、読んでも中身が全く
頭に入ってこないというところがあります。
自分なんかも、自宅で本を読んでいても
頭の中は全く別のことを考えている時があって
いつの間にか、ページだけ進んでいる
ということがままあります。
読書は集中力を必要とすることだなと
常々思うところであります。


また、後半では、いきなり超リアルな世界に引き戻されます。
主人公でもある「ぼく」は小学校の先生なのですが
生徒や生徒のお母さん、警備員と交わされるやりとりは
これまでの女性二人との物語とは正反対の世界。

そんなことがあって、行方不明の彼女との連絡が最後に取れるのですが、
そこには、全く別の時間を過ごしてきた彼女がいて
会話をしているようで、会話は成立していない。
おそらく、二度と会うことはないのでしょう。

時間というものは、それぞれの人間や
世界のあらゆるところで、全く違う過ぎ方をしているんだな
ということを思わせる作品でした。


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スプートニクの恋人
村上春樹
講談社 1999年








2021年1月11日月曜日

読了メモ「さよなら、ニッポン ニッポンの小説2」高橋源一郎



松もとれてしまいましたが、あけましておめでとうございます。
2021年もよろしくお願いいたします。
引き続きたくさんの本を読んでいきたいと思っております。

さっそくですが今年の一冊目です。


読了。

高橋源一郎さんの文学評論です。
雑誌「文學界」に二年間ほど連載されたものです。

今回の特徴は「全文引用」です。
そんなことしたら、ページがいくつあっても足らんがな。
ですが、まぁそれは大人の冗談として、
でも、長い「引用」が随所になされているのは確かです。

小説は、特に冒頭、プロローグの部分。
源一郎さんは、この冒頭部分で
どんな小説か、察することができるそうです。
読者である我々にもわかると言っているんですけど。。。

源一郎さんは「書く」ことが仕事ですが、
その前に「読む」という作業がある。
読む「言葉」が同じだからこそ意味が通じるので
そうでなかったら話にならない。
しかし、必ずしもそうではないことに、
ある日、突然気がつくのだそうです。

つまり読むことと、その意味を理解することは別物であると。
ん〜ん、これわかります?
どこか別の本でも似た話があったのを記憶してるけれど。
そして、その読みを起点にして、
自分は外の世界へ旅立とうとするのだそうです。

また、文章には一定の速度があり、考える時にも速度がある
それはなぜか。という問い。
これに対しては、文章をカメラにたとえて
カメラと同じ速度で動いているからではないかと
これを三島由紀夫や志賀直哉、島崎藤村などの文章を
引用しながら解説してくれるのですが
まさに目から鱗の感覚でした。

その他にも、詩と小説の違いや
主体性について宗教的観点からの検証、
オタクの誕生、ポルノグラフィーと規則、
靖国の映画撮影時にカメラをくるっと反転させたら喋る人がいるか、
最後は、家族を解散することってできるのか。
「さよなら、ニッポン」というタイトルは
この家族解散の世相の話から浮き上がってきています。

いろいろなテーマでたくさんの作家の文章が
引用されています。
もちろん最後には引用文献リストもあります。

なかなか、読み応えありますよ。全537ページでした。

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さよなら、ニッポン ニッポンの小説2
高橋源一郎
文藝春秋 2011年



2020年12月24日木曜日

読了メモ「老人と海」E・ヘミングウェイ



読了。

ヘミングウェイは、高校生の頃だったか
ドツボにはまって読み漁りましたねぇ。
「武器よさらば」「誰がために鐘は鳴る」
「日はまた昇る」「海流の中の島々」等々。
懐かしい思い出の作家さんです。
もちろん、本書も当時読みました。
で、30年以上経ってからの再読です。

高校生の頃に読んだ時の感想なんて
とっくに吹き飛んでいるんですが、
骨だけになった魚に群がる他の漁師達を見ながら
小屋で横になっている老人の
寂しそうなイメージだけは記憶に残っています。


今回、改めて読んでみて、
老人サンチアゴの一つ一つの動作が
目の前にあるように繊細に描かれているのが素晴らしく
船でのカジキやサメとの格闘はもちろんなのですが、
港や小屋で静かに一人でいる時の
老人の手のカサカサした感触や
白髪混じりのじゃりじゃりした髭の感じなど
なんとも言えない臨場感があります。
まるで、明るい単焦点のレンズで
老人を浮き出させたような画像が
頭の中に浮かんできます。

場所はフロリダだったと思うのですが
ヘミングウェイの住んでいたという家に
実は行ったこともあるんです。
2階に書斎があって、
周囲は大きなシュロの木で囲まれていたと思います。

書くのも恥ずかしいですけれど
青春時代の心に浸るものを感じ
あと書きも参考資料も付いていたのですが
読後には全く不要でした。

なんとも表現しにくいのですけど
こういう感覚、大切にしたいですね。

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老人と海
E・ヘミングウェイ 高見 浩 訳
新潮社 2020年