2024年は、こちらにもアップします。

2021年12月27日月曜日

読了メモ「文鳥・夢十夜」夏目漱石、「漱石文明論集」三好行雄編




読了。

丁度、漱石先生絡みの本を続けて読み終えていたので
一緒にアップすることにしました。

まずは、短編集の「文鳥・夢十夜」。
実は、夢十夜を題材にした朗読鑑賞会が鎌倉であったので、
本書は、その予習のために手にとったものでした。
鑑賞会当日は、日の高いうちの屋外開催で大変暖かく、
ウッドベースの効果音もあったりで
大層気持ちのよいイベントでした。
ただ、夢十夜そのものは、どちらかというと
しんみりしたり、あるいは怖かったりする話があり
鑑賞会と読んだ印象とはまるで違ったものとなりました。

本書の中では、「文鳥」という作品が好きです。
縁側の陽当たりのよいところに鳥籠がおかれ
文鳥の可愛い足や嘴の細かい様子が繊細に描かれています。
一方で、小鳥は寒さに弱いことや、猫や烏に狙われやしないかと
余計な心配があたまをもたげ、少々じれったくもなりました。

他には、イギリス滞在中の霧のロンドンの話、
漱石先生といえば、胃腸が弱いことで知られていますが、
その病に伏せ苦しみながらもブツブツと不平不満を漏らす話が綴られています。
長編小説ではみられない、
私小説的な面白さが溢れる短編小説集でした。


もう一冊は、講演集です。
面白いのが、全編に渡り、講演の冒頭で
本当は講演を引き受ける気はなかっただの、
やむを得ずここまで来たなどと
まさに胃が痛いような口上を述べています。

多くの講演が収録されていますが、
大正三年の学習院での「私の個人主義」が秀逸でしょう。
教師という職業への疑問、ロンドンで自らの嚢(ふくろ)を
突き破る錐が見つからず、何のために書物を読むのかもわからない。
それで、どうしたかというと、文芸とは一歩離れて
「自己本位」という言葉を立証すべく、科学や哲学の思索に耽ったというのです。
漱石先生はこの自己本位という言葉を得て
大変強くなったと言っています。
霧のロンドンの中で道を見つけることができたと。
若い人に自らの道を積極的に追い求めるよう諭しています。

夏目漱石というと、「エゴ」というキーワードも
一緒に耳にすることがあります。
あまり聞き応えがよくないのですが、
この講演集を読むと、漱石先生の苦しみや
西洋文明に対して自己をいかにして確立したか、
講演ですからまさに肉声が聞こえそうで、
その考え方が手に取るようにわかります。


余談になりますが、漱石先生のお子さんは
茅ヶ崎に住んでおられ、
なんと自分の住まいの近くであったことがわかりました。
これも何かの縁かもしれません。

また、漱石作品を読みたいと思います。

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文鳥・夢十夜
夏目漱石
新潮社 2021年

漱石文明論集
三好行雄編
岩波書店 2019年



2021年12月21日火曜日

読了メモ「海と毒薬」遠藤周作




読了。

恐ろしい話です。
人の生命とは、命の尊厳とは。。。
戦争は本当になにもかも狂わしてしまうのでしょうか。

本書は小説でフィクションなのですが、背筋がぞっとします。
第二次世界大戦末期の日本人とは
どういう人間だったのか。異常者だったのでしょうか。

よく、日本の戦争映画を観たり戦争物を読むと
こんなフレーズを耳にしたことありませんか。

 「生きて虜囚の辱めを受けず」

日本軍人、あるいは民間人においても、
人命軽視の議論のもとにもなった一文。
立場が一転して、米国人捕虜に対して、
日本軍はどのような待遇を施していたのか。

ある病棟で医師は、懸命に一人の結核患者の命を助けようとする。
しかし、患者は助かる術もなく姿を消して行く。
あらゆる手をつくしてもどうにもならない悔しさ虚しさに
打ちひしがれているところへ
秘密裏に捕虜に対する「ある司令」の話がおりてくる。

病院内では安楽死について激しい議論が交わされてもいた。

 「死ぬことが決まっていても、殺す権利は誰にもありませんよ。
 神さまがこわくないのですか。あなたは神さまの罰を信じないのですか」(p113)

医師の複雑な心境を垣間見る描写もあった。

 「病室で誰かが死ぬ。親や兄妹が泣いている。
 ぼくは彼等の前で気の毒そうな表情をする。
 けれども一歩、廊下に出た時、その光景はもう心にはない」(p142)


ある大義名分の下に、多くの人命を救うために
この捕虜たちは「生かされる」として
手術室には、処置をする医師や看護婦長だけでなく、
将校たちが後ろから遠巻きに覗き込んでいたりする。
字面を追うだけで、むっとする場面だ。

もう勘弁してください。
でも、一度は読んでみてほしい。

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海と毒薬
遠藤周作
新潮社 2016年

※下記は講談社文庫でのご案内です。






2021年12月12日日曜日

読了メモ「国家(上・下)」プラトン





読了。

今年の初めにも、プラトンを読んだ。
年の瀬にも読んだということで
今年は、プラトンに始まり、プラトンに終わるか。

本書は、ソクラテスと弟子・友人たちによる
例によっての一問一答形式での弁論で、国家について語っている。

国家という大きな体制や仕組みという
マクロ的な視点は後半に少し出てくるが、
あくまで、市井の人々や、例えば農夫はどう考えるかという
常に目線は庶民の高さにある。

そして、全編を通じて問われているのは、

 「正義」とは何か。

ということ。
立場や職業が違えば、捉え方も違うかもしれない。
ちなみに、
 
 「正義」とは、それぞれのものの使用にあたっては無用、
 不要にあたっては有用なもの、ということになるわけだね(上p39)


と、これだけでは分かりにくい。
長くなるので、詳細は本書にゆずるが、
最初の結論としては、正義について何も我々は知らない
ということに落ち着くようだ。いわゆる「無知の知」であろうか。

最初のうち、友人はソクラテスの言い分や素行が気に入らなく、
反論や憎まれ口をたたくが、ソクラテスはそれを認めた上で
自分の行いや言論が道理にかなっていることを説く。
そして、議論が進むにつれて、相手は素直になり
ソクラテスの話に耳を傾け、真摯に認めて行くようになる。

国家の統治者にあたるのであろう「守護者」という表現が出てくる。
市民を守る人という意味合いが強いと思う。
その守護者になるためにはどうすればよいのか。
守護者は私有財産を一切所有してはならず、隠し住居や宝蔵ももってはならない。
暮らしの糧は、ちょうど一年間の暮らしに過不足のない分だけを受け取ること。

また、男と女は平等でかつ共同で事にあたり、
貧富の差がある子供の平等性についても説いています。
そして、法というものは、国の中の一部の種族だけが
特別に幸福になるということではなく、
また、すべての教育は平等に課せられることだと。
そして、音楽や文芸については、ちょっと長くなるが下記に引用する。

 音楽や文芸による教育は、決定的に重要なのではないか。
 なぜならば、リズムと調べというものは、
 何にもまして魂の内奥へと深くしみこんで行き、
 何にもまして力強く魂をつかむものなのであって、
 人が正しく育てられる場合には、
 気品ある優美さをもたらしてその人を気品ある人間に形づくり、
 そうでない場合には反対の人間にするのだから。(上p241)

最後に国家・国政は、時々刻々変化を遂げて行くが、
国家の病として最悪なものとして
「僭主独裁性」を批判しています。

 けっして、名誉や金銭や権力の誘惑によって
 さらにはまた、詩の誘惑によってそそのかされて、
 正義をはじめその他の徳性をなおざりにするようなことが
 あってはならないのだ。(下p379)

真の哲学者とは、真実を見ることを愛する人としながら
哲学の素質に値する国家は、残念ながら
ギリシア時代ではまだ存在しないという。
未来に期待を寄せているのだろうか。

ちなみにですが、守護者は酒は飲んでも
酔っ払ってはいけないそうです。

大丈夫ですか。現代の守護者のみなさま。
2400年も昔の人からこんなこと言われてますよ。

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国家(上・下)
プラトン 藤沢令夫訳
岩波書店 2019年



2021年12月4日土曜日

読了メモ「すべて真夜中の恋人たち」川上未映子




読了。

恋愛小説である。

が、御他聞に漏れずなかなか話が進まない。
というか焦ったい。

主人公は、出版社に務める校閲部の40歳手前の女性。
日々、右から左に流れてくる原稿をチェックする日々が続く。
彼女によれば、あらゆるジャンルの文章をチェックをするのだが、

 どんな場合であっても、
 その文章にのめりこんだり入りこんだりすることは、
 校閲者には禁じられているんです。
 〜中略〜
 ただ、そこに隠れてある間違いを探すことだけに、
 集中しなくちゃいけないんです。(p97)

とても難しい仕事だ。
と、思わず聞き手の男性と同じ質問を自分もしてしまった。
感情を動かしてはいけないということらしい。

主人公は、そんなペースの仕事の自分のままでいいのか、
これまでの生活や、進学、進路などの節目節目にあっても、
自分の気持ちを大きく取り乱すこともなく
コンベアーに乗って流れてきたものを
そのまま受け取ってきたような人生に疑問を感じてくる。

一方、同僚の女性社員は快活で、気分のボラティリティも激しく
そんな主人公を見ているといらいらしてくるようだ。

最後には。。。。。
ネタバレしちゃうので伏せますが、
何も選んでこなかった人生を振り返って
主人公が見上げたところに見つけたものはなんだったと思いますか。

切ない人生観ですが、
もしかしたら、ごくごく普通の人のことなんじゃないか
そんな静かなラブストーリーでした。

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すべて真夜中の恋人たち
川上未映子
講談社 2011年

※下記は文庫本でのご案内です。