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2022年5月15日日曜日

読了メモ「マクベス」シェイクスピア




以前の読了メモから、随分と間があいてしまいました。
これに懲りずにアップを続けられればと思います。


で、読了。

もちろん翻訳本ですが、
初めてシェイクスピアを読みました。

戯曲なので、小説のような地の説明文がありません。
宮殿の広場とか、人物が登場するや退場するとかその程度で
その他は全てセリフです。
ですから、それこそ宮殿の華やかな装飾や
荘厳な雰囲気、セリフに込められた感情や表情を、
自分の脳みそをフル稼働し想像して
頭の中にマクベスの舞台を作る必要があります。
戯曲を読む面白さかもしれません。

スコットランドの王位を巡る話であり、
大きな転換点は「魔女の予言」ですが
マクベスの心のあまりの変わり様、
なぜこんなにまでにマクベスを変えてしまい
惨劇を引き起こす事態にまでなったのかが
なかなか理解できなかった。
自分の頭の中の演出家が頼りなかったかな。

ストーリーはもちろん、
人物の発するセリフの一つ一つに趣と勢いがあって、
シェイクスピアの戯曲ならではの
雰囲気を味わえた気分になれたのはよかった。

でもやっぱり、ゴリゴリに演出の効いた
舞台劇を観賞してみたいと
最後は思ったのでした。

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マクベス
シェイクスピア
安西徹雄訳
光文社 2020年

2020年9月28日月曜日

読了メモ「博士の愛した数式」「ことり」小川洋子






読了。

久しぶりに小説のダブルヘッダーをしました。
小説での一気読みは、夏目漱石の三部作以来かな。


一つは「博士の愛した数式」
これは第一回「本屋大賞」を受賞したので
読まれた方も多いのではないでしょうか。

家政婦とその子どもが記憶障害を持つ数学博士に接する姿勢や気持ちが
すごく優しくて寄り添っていて、単なる愛情とか親切さとは
またちょっと違う他者に対する温もりを感じさせてくれます。
博士は、昔のことは覚えていても、
今のことは八時間しか記憶を維持できません。
大切なことはメモにしてジャケットにピンで止めておくのです。

それほどの障害を持っているにも関わらず
数学に関してはピカイチで何でも数学や数値に置き換えて
納得し、感激してしまいます。
読んでる自分も初めて知る数学の考え方などもありました。
そのうち、家政婦や子どもも数学を一緒に考えるようになったり
子どものあだ名は、頭の形からルートにまでなってしまったり。
ルートも博士も阪神タイガースのファンですが、
博士の記憶は江夏の時代で止まっている。
そんな三人で阪神戦を観に行ったりして過ごす雰囲気が
とてもよいのです。



もう一つは「ことり」
こちらは、前作と比べるとやや寂しい孤独感に苛まれるかもしれません。

幼稚園の小鳥小屋をボランティアで世話をしている小父さん。
小父さんにはお兄さんがいるのですが、言葉が不自由です。
お兄さんはポーポー語という不思議な言葉でしか話せませんが、
同じく小鳥を愛してやみません。
薬局で売っている飴玉の小鳥模様の包み紙でブローチを作ったりします。

ストーリーの冒頭は、小父さんが孤独死で発見され、
抱えていた鳥籠にいたメジロが飛び立つシーンから始まり、
回想録のような形で話が進んでいきます。
幼稚園の子どもたちからは、小鳥の小父さんと慕われ
園長先生もよくしてくれて、鳥小屋の世話をするのが
とても楽しくて、小鳥が大好きな小父さんの
優しくて細やかな心が伝わってきます。

自分の家の庭にも餌台を作っては、
やってくる小鳥たちを、お兄さんと一緒に愛でているのですが、
台風の被害で庭にあった亡父の離れの書斎が崩れ落ちたり、
幼稚園の鳥小屋は難を免れましけれど、
新しい園長先生は、そもそも小鳥が好きではなく、
小父さんのことをよく思わなかったり、
子どもを狙った不審者の存在によって、
町の人からも陰口を言われたりと、
後半は読んでいて辛いところもありました。


この二作の登場人物たちは不思議と名前がわかりません。
せいぜい、家政婦の子どもにつけられたあだ名のルートくらいでしょうか。
あえて登場人物に固有名詞をつけないことによって、
空想世界の広がりを醸し出しているのか、なかなか面白い手法だなと思います。

また、どちらも脳神経に障害を持った人物が出てくるのも特徴です。
でも彼らは決して暗い人物の印象ではないし、
むしろしっかりと自分の世界観を持っていて
コミュニケーションに不自由はありながらも、
同居人や友人たちと心を通い合わせながら生きています。

寂しさもあるけれどやさしさと温かみのある二つの小説。
まだでしたら、貴方もいかがでしょうか。

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博士の愛した数式
小川洋子
新潮社 2006年

ことり
小川洋子
朝日新聞出版 2016年


2020年8月13日木曜日

読了メモ「転がる香港に苔は生えない」 星野博美



読了。

今、まさに、渦中の香港だが、
タイトルにやや微妙な感じを覚える。
逆を言えば、苔が生えている国が他にあるということか。
本書を読めばそれはどこかわかる。そこは「さざれ石」のある国だ。

本書は香港が中国に返還された1997年7月1日を挟んで二年間、
現地で市民と一緒のレベルで生活をした
女性ノンフィクションライターによるルポである。
自分自身、返還前に仕事で香港を訪れたことがあったり、
香港返還のレポート作成をしたりと何かと関わりがあったが
やはり本当の香港の姿は見ていなかったんだなと痛感する。

本書に記されているのは、香港人の凄まじいまでの自由さと合理性であり、
自分が見聞したことは美味しいスープの上澄みの部分だけで
大陸からの移民と、人脈・友人関係からなる互助の世界、
なんとしてでも香港社会で生き延びていこうとする市民の生活力が実に逞しい。
著者が住んだ部屋の様子などみると
よく女性一人で生活ができたものだと感心を通り越して驚愕にすら値する。

本書の中で、香港人は、そもそも五十年間も不変でいられるはずはないと言い切っていた。
今の中国からの圧力のことを予知していたとも言えるし、
そもそも香港は常に変化して生き延びて発展してきたバイタリティ溢れる土地だからだ。

返還時、「一国二制度、五十年不変」が謳われたが、
すでに、97年返還時に香港の自由は奪われたと嘆く声もあった。
それは、自由にものが言えなくなるということだった。
本書にあった市民の声を拾ってみる。


  自由な社会とはたくさんの声で成り立つものであり、 
  どんな意見でも言うことができて民主的で開放されていること。 
  それこそ社会が発展する最低の条件であり、 
  違う意見を受け入れない社会は発展しない。

  国家を率いるのは民主的統治なんだ。

  なんとなく民主的ってムードが怖い。


著者はこうも言っていた。
香港のことに心配しそうな顔でもしようものなら、
「自分の心配でもしてな!」と香港人の怒鳴り声が飛んでくるだろうとのこと。
日本は、昔と比べたら外国人や異文化と接する機会は増えているが
逆に閉鎖的な方向に向かってはいないだろうかと。
単一性の方が楽だからだろうか。
多様な文化と接してこそ、自分たちの誇りは意味を持つ。
苔を生やしてじっとしている場合ではない。

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転がる香港には苔は生えない
星野博美
文藝春秋 2006年


2020年3月5日木曜日

読了メモ「お伽草紙」 太宰 治




読了。

太宰さんの本ですけれど
もともとの内容は、古典や民話。
それを、太宰 治流に現代語訳してくれて
オリジナルな解釈をつけて
話を盛り上げてくれています。

井原西鶴の作品からの新釈諸国噺などは
単なる現代語への直訳というものではなく
どことなく人間とは何か
生きることはどういうことなのかなんて
テーマが浮き出てくるようです。

また、読んでいると五七調の語呂がよく、
黙読しているのに、口の中で
文章がコロコロと転がっていくようで
これもまた古典をベースにしながらも
読みやすくさせている要素です。


後半は、タイトルにもなっている
お伽草紙で、みなさんよくご存知の
瘤とり爺さん、浦島太郎、カチカチ山、舌切り雀
が連なります。

どれも面白い。
太宰さん特有の見解・解説が盛り込まれていて
子どもの頃に読み聞かされた話や
メッセージとはまた違う面を見せてくれます。
自分としては、浦島太郎が秀逸だったかな。

今まで思っていた太宰 治像を
またまた変えてくれた一冊です。

古典や民話がベースなので、
ちょっとクセのあるところはあるけれど
まぁそれはやむを得ません。
その分とても面白かったですよ。

お時間のある方は是非。

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お伽草紙
太宰 治
新潮社 2019年