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2024年7月15日月曜日

読了メモ「キツネ目 グリコ森永事件全真相」 岩瀬達哉


読了。

「どくいり きけん 食べたらしぬで かい人21面相」


1984年3月、当時の江崎グリコ社長の江崎勝久氏誘拐に始まった

菓子メーカーや食品メーカーなどを脅迫した一連の事件。

全真相とあるが、迷宮入りなので犯人は特定されていない。

12年におよぶ取材に基づき、警察、脅迫された企業、流通/菓子/食品業界、

マスコミ、被害者家族の言動や心境、思惑をつぶさに綴っている。


通称「グリコ森永事件」だが、多くの企業が脅迫被害にあっており、

丸大食品、ハウス食品、不二家、明治製菓、

雪印乳業、西友、ダイエーなどの大手企業の他、

中堅食品メーカーにも犯人の脅迫はおよんでいた。

「どくいり きけん」のシールが貼られた青酸ソーダ入りの菓子が

スーパーの棚から発見されたが、死者は幸いにも出なかった。


かい人21面相からの脅迫状は全147通あり、本書の中でも多くが引用されている。

大手企業や警察など巨大資本や国家権力を相手に揶揄嘲笑し、

世間を馬鹿にした文面を読み返すと今さらながら底冷えのする恐怖を覚える。

脅迫された企業が、犯人との裏取引に応じるかを逡巡する様子もあり、

当時の緊迫した情況もうかがわれる。


一方で、警察内部での明らかなミスや本庁と府県警本部間だけでなく、

府県警察間での意思疎通の不備、現行犯逮捕捜査方針への過度の固執、

捜査情報のリークなども指摘されており、

硬直化した警察組織の問題の大きさも語られている。

そして、捜査のプレッシャーに耐えられず警察責任者の自殺があった。


2000年で全事件の時効が完全成立し、

犯人は法に裁かれることはなくなってしまったが、

犯人が使ったと思われる帽子が実は押収されており、

そこから犯人の毛髪がみつかりDNA鑑定までされているとのこと。



以下はAmazonへのリンクです。

 岩瀬達哉
 講談社 2021年


2021年11月7日日曜日

読了メモ「僕のトルネード戦記」野茂英雄



読了。

彼より以前、メジャーリーグに
チャレンジした選手はもちろんいた。

しかし、実績、彼個人の応援歌ができるほどの人気、
そしてなんといっても、日本人選手の
メジャーリーグへの道の開拓者としての存在は大きい。

以前より読みたい本だったところ
やっとこさ見つけて読むことができた。

当初、日本野球界やマスコミとの葛藤や摩擦の
裏話が載っているのではと半ば期待してた。
でも、それは前書きの二行足らずで書き終えていた。
そんな野次馬妄想を抱いていた自分が恥ずかしくなった。
本書は、野茂英雄という野球選手の野球への熱い思いを綴った一冊でした。

 僕はひとりの野球人であり、
 野茂英雄という一人の人間に過ぎないんです。(p193)

日本プロ野球界の経験至上主義への反発。
世界の選手と試合ができなくなるとプロ入りを拒否したアマチュア選手の存在。
最初は、協定破り、永久追放とか言いながら、
手のひらを返して、野茂の活躍は日本人に勇気を与えたというマスコミ。
そして、チャレンジ精神を前向きに迎え入れてくれるアメリカの風土。

 スタジアムの視線をすべて独り占めするようなピッチングがしてみたい。
 攻めて攻めて、バッターを牛耳るようなピッチングを。
 クレメンスはそれを実践している。
 だから、見るものを引きずり込む魅力があるんです。(p29)

本書の中では朴訥とした言い方で、
自分の言いたいことをうまく言えないと
苦虫を潰している野茂英雄自身がいて、
読んでいてとても親近感も湧きました。

彼が本書で言いたかったことは、
観客を酔わせる、魅せるピッチャーになること。

 「今日は野茂が投げるから見に行きたい」
 とお客さんに思ってもらえたら、
 これほど嬉しいことはありません。(p197)

彼は、日本人野球選手のメジャーリーグへの道の開拓者と同時に
野球が好きであることと、マウンドで好投することの素晴らしさを
本当に大切にしている選手だったんだと思います。

好い本なので、チャンスがあれば是非。

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僕のトルネード戦記
野茂英雄
集英社 1995年

※下記は文庫版でのご案内です。


2021年8月27日金曜日

読了メモ「ダイナソー・ブルース 恐竜絶滅の謎と科学者たちの戦い」 尾上哲治




読了。

題名からすると、ハリウッド映画のような
派手な展開をイメージしそうだが
地道なサイエンスノンフィクション。

今から6,600万年前の白亜紀末期に
恐竜の大量絶滅があったわけですが、
その原因は、巨大隕石が地球に激突したことに起因するという
天体衝突説が有名です。

だが、それに異議を唱える科学者もいます。
その理由として、白亜紀と次の新生代の境目の地層には
それまであった恐竜の化石が見つからないというのです。
天体衝突と恐竜絶滅は時間的にずれているのでないか
という説が浮上してくるわけです。

境目の地層には、地球上にはない「宇宙塵」が発見されたり
事実、180kmにもおよぶクレーターの後が
メキシコで発見されており、天体衝突があったのは確かなようです。

ただ、天体衝突だけでなく、それ以外の要因はなかったのか、
という科学者たちの論争が繰り広げられていきます。

有力候補にあがったのが、天体衝突と
相前後して起きたインドのデカン高原での
大規模火山噴火活動とそれに伴う気候変動。
硫酸雨が降ったと言われ、
カルシウムの殻を持つ生物のみならず
恐竜の卵なども死滅していったという説がでてきます。
その他にも、プランクトンから始まる食物連鎖が絶たれていく説、
二酸化炭素で地球が充満する説など
いろいろな説が検証されていきます。

恐竜を絶滅に追い込んだ犯人は誰なのかは、
最終的には依然としてはっきりしません。
しかしながら、自説の正しさを証明するべく
各々の科学者たちが執拗に突き詰めていく研究活動や
学会だけでなくサイエンス誌やネイチャー誌などを巻き込んだ
メディア上での駆け引きなどもあって、
面白く、エキサイティングな一冊でした。


地質学や古生物学は気の遠くなるような
ゆっくりとした時間軸上の話なので、
なかなかピンとこないかもしれません。
でも、我々、人類が繁栄しているこの時代も、
長い年月をかけて、いつかは終焉の時が来て、
次の新しい世界が始まるのだと思います。
ゆ〜っくりとその時に向けて
もう地球は動き出しているかもしれませんね。

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ダイナソー・ブルース 恐竜絶滅の謎と科学者たちの戦い
尾上哲治
閑人堂 2020年

2021年7月30日金曜日

読了メモ「わたしはこうして執事になった」ロジーナ・ハリソン


読了。

執事の世界。
なんとも自分とは縁がない、遠くて高貴で品が良く、
別な見方では、窮屈な世界を想像します。

本書は、執事の世界を生き抜く五人が語る
それぞれの職業人生です。

読んでまず気がついたのは、
執事になるための敷居は意外と低いということ。
入門したては、最下層の下足人ですが、
本人のやる気と、良き先輩執事、
そして理解あるご主人様に恵まれると、
どんどん昇格していきます。
ある程度出世した執事の業界はとても狭く、
本書に登場する五人にも共通する執事仲間がいたり、
お仕えする貴族や大使館の裏話が飛び交います。

ご主人様が旅行などで屋敷を空けることがあると、
執事たちは、普段できない仕事をこなした後、
思い切り羽を伸ばし、夜遊びにも行くそうですが、
ご主人様がいないと、チップがもらえないというデメリットがあります。
執事を目指す人々は、貧困層から叩き上げでなる人が多く、
実入りについてはかなりシビア。
チップが渋いと、お仕え先を替えることもよくあるようです。

実際、執事の世界は人手不足のようで、
ご主人様の機嫌次第でクビになっても
大執事から目をかけてもらっていれば、
職場復帰は日常的にあったようです。
ヘッドハンティングも珍しくありませんし
お仕え先を替えていくのは立派なキャリアアップです。
一方、職を辞する時は、ご主人様、
特に奥様・ご夫人から給料アップを条件に
”君が必要だ”と慰留されたり、
また、もう高齢だからと引退を申し出ても
”年齢は気の持ちよう”、”きしむ門ほど長持ちする”
などと言われ引き止められることもあるそうです。

そんな執事たちも、自己主張すべき時はしました。
自分たちは奴隷ではない。
命令には従うが、使用人とご主人様たちとは
確立された行動規範に従って、
どちらもルールを破れば罰せられると。

最後に、ある執事がこぼした印象的な言葉がありました。
ちょっと長いですが引用します。
完璧な人間なんてどこにもいないことは、
自分の生き方を顧みるだけでわかる。
英雄も従僕の目にはただの人という言葉があって、
それは確かにその通りだが、
ずっと英雄に仕えつづけていたら退屈でやりきれないに違いない。
主人と使用人のあいだには、理解と信頼があればいいのだし、
分別のある人間ならそれ以上は求めないはずだ。(p290)

かつての大邸宅に仕える時代はもう過去のものになっています。
それでも、本書を読むとイギリス執事の誇り、
使用人人生への気概を感じることができました。

======================
わたしはこうして執事になった
ロジーナ・ハリソン
新井潤美監修、新井雅代訳
白水社 2016年



2020年10月21日水曜日

読了メモ「自殺予防学」 河西千秋




読了。

ちょっと気になったので読んでみた。
最近、あまりにもという感じなので。
日本の状態はどうなっているのか。

少々データは古いが、
2007年の交通事故死亡者数が6,000人のところ
1998年の自殺者数は32,863人にのぼる。

しかも、驚きなのは10歳から60歳までを5歳区切りで
死因統計をみると、自殺はどの世代区間でも
死亡原因の上位3位内にランキングされているという。
長寿の国と思っていた日本だが、
人口10万人に占める自殺者の数、自殺率は先進国で最悪なのだ。


自殺は単なる精神疾患ではない。と本書で何度も繰り返し述べられている。
本人を取り巻く人間関係、家族、友人、仕事関係は勿論、
住む土地の風習や因習、そもそも日本という国の国民性など
自殺にまつわる様々な危険因子が潜んでいるという。
では、自殺背景の要因の主なものは何か。
それは、本人の健康問題が圧倒的である。
自殺企図者の多くは、いきなり精神科で診療を受けるのではなくて
内科や呼吸器科など他の診療を受けていることが殆どだという。

全国の病院の救命救急センターに運び込まれる
患者のうち約10%が自殺企図者であるというが
十分な心のケアも施されることなく退院させられてしまう。

もちろん、著者をはじめとする精神科医が中心となって
自殺未遂者に対峙するロールプレイング研修などを行っているが
看護師や医師の多くは、その対処の難易度に悩まされている。
繰り返しになるが、自殺は精神医療だけで解決する問題ではないのだ。

一方で、一部の地区やコミュニティでは、
住民が医師と連携をとりあって、自殺予防の対策を図り
実際に自殺者数が減少したという実績がある。
もちろん、遺族や周囲の人々への支援やケアも考えられていた。

様々な危険因子が潜んでいると書いたが、
逆に予防因子もあるはずであり、
個人一人一人が意識して取り組まないとできないこともある。
例えば、「自殺者ゼロ宣言」と同時に実際の施策の実行に
行政の強いリーダーシップにも期待をしたい。

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自殺予防学
河西千秋
新潮社 2009年



2020年9月14日月曜日

読了メモ「小説家のメニュー」 開高健




読了。

ようやくというか、地元茅ヶ崎ゆかりの文士の書籍を手に取った。
茅ヶ崎市内には、開高さんの記念館もあって
たびたび訪れてはいたものの、
著作に接することはなかなかできていなかった。
積読には何冊か開高さんの本がまだ残っているんですけども。


本書はサブタイトルで、
美味珍味奇味怪味媚味魔味幻味幼味妖味天味
と書いてある。
ゲシュタルト崩壊しそうだが、
ベトナム戦争の前線にまで特派員として赴き
また、大好きな釣りのために世界の大河を巡ったりした中で
世界中で、そして日本で様々な味覚を楽しまれたようだ。

ネズミ、ドリアン、ピラニアなどがあると思えば
アイスクリーム、スープ、焼売、松茸などの食材もある。
だが、どれもこれも、
こんなものが焼売なのか、
ドリアンって選別によってそんなに味が変わるのか、
ネズミって祝い事の時しか食べられない高級食材なのか
ロシアの真冬で食べるアイスクリームの格別な美味しさ
など、それぞれの食材の持つ文化的背景や
調理の仕方、食べ方の風習などが実に様々で面白い。

食に対する開高さんのチャレンジ精神を垣間見るエッセイとなっている。
170頁ほどで、活字も大きく、ところどころ挿絵も入っているので
読みやすく楽しめると思う。

今度は、開高さんのハードなノンフィクションを
ガチで読んでみたいと思う。

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小説家のメニュー
開高健
TBSブリタニカ 1990年


2020年8月16日日曜日

読了メモ「ラッキーマン」 マイケル・J・フォックス



読了。

著者は、映画「Back to the Future」の主演俳優。
彼の自叙伝だが、華々しいハリウッドスターの
レッドカーペット上の話ではない。
ご存知の方も多いかと思うが、
彼は若くしてパーキンソン病に冒されてしまった。
今、彼は同じ病気に悩む人たちを助ける財団を立ち上げ
モハメド・アリなどと一緒になって
政府の公聴会でこの病気の証言をするなどの活動をしている。
スター俳優として、妻や子どもたち、信頼のおける医師、
セラピスト、一部の仕事仲間の支えをうけながら、
この病気に立ち向かう闘病記でもある。

一時期は自暴自棄になってアルコール依存症も併発させてしまう。
そして、なんと、彼は七年間も、病気のことは伏せて
俳優活動を続けてきたという。
もちろん、薬で症状を押さえ込んできたのだが
服用するタイミングを少しでも間違うと
体が自分の言うことを聞かなくなり、勝手に動き出す。
とても撮影どころではなくなる。

したがって、時間管理がしっかりできないと
俳優活動ができないわけだが、撮影が深夜に渡ったりと
時間が不規則になりがちな映画活動よりも
時間管理のしやすいテレビドラマにシフトしていくことになった。
これには先述した人々の理解や支援が大きな力となった。
頭にドリルで穴をあけるという脳の手術も行った。
手術そのものは成功に終わったが、病気が完治したわけではない。

本人の最大の悩みは、観客とのことだった。
お客様でありフアンでもある観客に対しては
このまま隠しおおせることでいいのか。
観客との関係をはっきりできないままへの恐れから自由になりたい。
という最後の葛藤を解き放つべく
自らの病についての公表を決意する。
公表した時は、街中の新聞・雑誌の一面、表紙は
彼の写真と病名で埋め尽くされたそうだ。

パーキンソン病は進行性の病で
彼の体は完治するすることはないであろう。
それでも、家族をはじめ周囲の関係者の理解と協力を得て
彼なりの活動を続けていられることに
自らをラッキーな男だと言って本書を締めくくっている。


マイケルが持つ人間性、周囲の人への配慮が満ちて
ぐいぐいと読み込ませられた一冊でした。
途中、パパの指の震えを押さえ込もうとする
幼い息子サムとの会話が涙を誘います。


では、最後はお約束で、映画のワンシーンをどうぞ。


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ラッキーマン
マイケル・J・フォックス  入江真佐子 訳
ソフトバンクパブリッシング 2013年


2020年8月13日木曜日

読了メモ「転がる香港に苔は生えない」 星野博美



読了。

今、まさに、渦中の香港だが、
タイトルにやや微妙な感じを覚える。
逆を言えば、苔が生えている国が他にあるということか。
本書を読めばそれはどこかわかる。そこは「さざれ石」のある国だ。

本書は香港が中国に返還された1997年7月1日を挟んで二年間、
現地で市民と一緒のレベルで生活をした
女性ノンフィクションライターによるルポである。
自分自身、返還前に仕事で香港を訪れたことがあったり、
香港返還のレポート作成をしたりと何かと関わりがあったが
やはり本当の香港の姿は見ていなかったんだなと痛感する。

本書に記されているのは、香港人の凄まじいまでの自由さと合理性であり、
自分が見聞したことは美味しいスープの上澄みの部分だけで
大陸からの移民と、人脈・友人関係からなる互助の世界、
なんとしてでも香港社会で生き延びていこうとする市民の生活力が実に逞しい。
著者が住んだ部屋の様子などみると
よく女性一人で生活ができたものだと感心を通り越して驚愕にすら値する。

本書の中で、香港人は、そもそも五十年間も不変でいられるはずはないと言い切っていた。
今の中国からの圧力のことを予知していたとも言えるし、
そもそも香港は常に変化して生き延びて発展してきたバイタリティ溢れる土地だからだ。

返還時、「一国二制度、五十年不変」が謳われたが、
すでに、97年返還時に香港の自由は奪われたと嘆く声もあった。
それは、自由にものが言えなくなるということだった。
本書にあった市民の声を拾ってみる。


  自由な社会とはたくさんの声で成り立つものであり、 
  どんな意見でも言うことができて民主的で開放されていること。 
  それこそ社会が発展する最低の条件であり、 
  違う意見を受け入れない社会は発展しない。

  国家を率いるのは民主的統治なんだ。

  なんとなく民主的ってムードが怖い。


著者はこうも言っていた。
香港のことに心配しそうな顔でもしようものなら、
「自分の心配でもしてな!」と香港人の怒鳴り声が飛んでくるだろうとのこと。
日本は、昔と比べたら外国人や異文化と接する機会は増えているが
逆に閉鎖的な方向に向かってはいないだろうかと。
単一性の方が楽だからだろうか。
多様な文化と接してこそ、自分たちの誇りは意味を持つ。
苔を生やしてじっとしている場合ではない。

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転がる香港には苔は生えない
星野博美
文藝春秋 2006年


2020年5月16日土曜日

読了メモ「人生を変えてくれたペンギン 海辺で君を見つけた日」 トム・ミッチェル



読了。

表紙はマゼランペンギン。かわいい。
舞台は、アルゼンチン。
主人公であり著者のトムがこのペンギンと出会うのは
隣国のウルグアイの海岸。
そこから越境してアルゼンチンへ行く。

そうなんです、このお話ってノンフィクションなんです。
「かもめのジョナサン」のペンギン版かなと
小説をイメージしていたのですけれど、
事実は小説より奇なりを地で行くドキュメンタリーなのです。


トムは、ウルグアイの海岸で、
海に流出した重油を浴びて真っ黒になって
海岸に打ち上げられたペンギンの死骸の山の中から、
かろうじて息のあったペンギン一羽を助けます。

ペンギンが抵抗をしたのは最初だけ。
風呂場で油を洗い落とし、丁寧に顔を拭いてやり
市場で買ってきた新鮮な魚をあげると
トムにすっかり心を開きます。
疲れると、トムの足にもたれかかって
眠ったりする姿がとてもかわいい。

トムは学校教師の仕事の都合でアルゼンチンに
いかなければならないのですが、
そのためには飛行機にのり、税関を通らないといけません。
トムの奮闘ぶりをよそに、ペンギンは奇声をあげて見つかり
はてさてどうなることか。

アルゼンチンでは、学校の屋上に
トムはペンギンと住むことになり、
ペンギンも生徒たちと友達になり、
一緒にプールで泳ぐようにもなります。
ここにもちょっとしたドラマがあるんですけどね。

しかし、別れは突然としておとずれます。

ウルグアイの海岸でペンギンを助けたことが本当によかったのか、
一緒に連れてきてよかったのか
トムは頭の中でいろいろ考えますが、ペンギンとの思い出がいっぱい。


ある日、ブエノスアイレスの水族館で、
ペンギンの飼育部屋にトムは入れてもらいます。
ペンギンたちはざわめきますが、
その中で、一羽だけ種類の違うペンギンが
ヨチヨチとトムに近づいてきてトムを見上げます。
さも、お腹を掻いてくれない? といわんばかりの顔で。
トムは飼育係から教えられました。

ペンギンは仲間がいないと生きていけない動物なんだそうです。


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人生を変えてくれたペンギン 海辺で君を見つけた日
トム・ミッチェル 矢沢聖子 訳
ハーパーコリンズ・ジャパン 2017年



2020年4月12日日曜日

読了メモ「ちいさなかみさま」 石井光太

本記事は、2015年に某キュレーションサイトに掲載したものに
加筆・修正を加えて再掲載したものです。




読了。

心の中のロウソクのような灯火。
希望、夢、勇気と名付けるこれらを
「ちいさな かみさま」と呼ぶ。

で始まるショートストーリー集。


病床に伏した少女が貧しい国々の子供達の純粋な笑顔に支えられる話、
事実とは異なるのに、過去は美化されていくものなので
よい記憶のままで留めさせてあげたいというニューハーフの話
戦友の死について、遺族の気持ちを思うあまりに嘘をつく話
公園で遊ぶ赤ちゃんのために友達の行動を戒める小学生たちの話
死の床にある患者は、家族のためにどうすればいいかを常に考えているという話
などなど。。。。

装丁にもある今日マチ子さんの
やわらかくてやさしいイラストも添えられていて
どの話も心に安らぎをおぼえ、穏やかな気持ちになれます。
 
いろいろなかみさまが出てくる本書を読んでいて
もしやと思ったのですが、全てノンフィクションなのです。
ノンフィクションって、いつも著者や出てくる人たちの実体験に驚き、
どうしたらこんな経験や感動を抱くことができるのだろう、
きっととてつもない行動派な人たちなんだろうなどど
時には羨望にも近い思いを持ってしまうこともあるのですが、
もしかしたら、冒頭にあったように
一つ一つの出来事は、灯火のように小さなことで
自分の身の回りにも実は起きていて
鈍感な自分は気がつかないだけなのかと思ってしまいました。

小さなことでも、地味なことでもそれをきっかけにして、
人を思うことの大切さ、暖かさということを
感じていくことができればいいなと思うばかりです。

そんなことを読後にしみじみと思った本なのでした。

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ちいさなかみさま
石井光太  今日マチ子 絵
小学館 2014年