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2022年6月8日水曜日

読了メモ「容疑者Xの献身」東野圭吾




読了。

東野圭吾さんの作品を読むのは初めてでした。
テレビドラマでは、いろいろ見たことあるけれど。
本書はその代表作ですね。
福山雅治さん演じる物理学者の湯川 学が出てきますし。

話が出来すぎているといえば
もう小説なんで、それまでですけれど、
クライマックスに向かっての
たたみかけはさすがですね。

スタイルとしては、
最初から犯人がわかっているという
倒叙式ではあるんですが、
単に犯人を追い詰めていくだけじゃない
二重のストーリーがあるわけです。
まぁ、ミステリーでもあるし
有名な作品とはいえ、
この程度にしておきましょう。

ちなみに、テレビドラマでは
湯川氏の相方にあたる刑事は女性でしたが、
原作では、同じ大学の友人の男性刑事です。
柴咲コウさんとかは出てきませんのであしからず。

おかげさまで、東野圭吾さん以外の
ミステリー作家さんの本も
結構、積読になってます。

関東地方も梅雨に入ったみたいだし、
雨の日は外に出ないで
読み耽るようにしょうかなっと。

====================
容疑者Xの献身
東野圭吾
文藝春秋 2006年

※下記は、文庫本でのご案内です


2022年4月2日土曜日

読了メモ「鏡のなかの鏡 迷宮」ミヒャエル・エンデ



読了。

著者は、あの「モモ」や
映画にもなった「はてしない物語(The Never Ending Story)」の
ミヒャエル・エンデ。

30編にも渡るファンタジー短編集。
特徴的なのは、それぞれのお話にはタイトルがない。
目次には、冒頭一行の文言が書かれている。

一つ一つを読みすすめて感じるのは
すべての話がどこかで繋がっているような気がしてならない。
教室、舞台、絵画、砂漠、暗闇のような空間と
それを隔てた、こちら側と向こう側で
登場人物たちが会話を交わしていくのだが
物別れになったり、きちんと理解しあう前に
終わってしまう話が多い。

子ども向けの童話なのであろうが、
なかなか奥が深い。たとえば。。。

 一生懸命、セリフや立ち回りを本番舞台の上で思い巡らしているのに
 上がるはずの幕がいつまでたっても上がらない。
 誰かに声をかけた方がいいのか。幕はただ左右に揺れているだけ。


 世界は断片からなりたっているが、
 断片はどんどん壊れ続け、お互いをつなぐものが少なくなっている。
 あらゆるものを結びつける言葉を見つけなければならない。
 その言葉が見つかることを信じれば、時事刻々と世界は変化し
 自分たちはその証人になれる。


 「落ちることを学べ!」
 「おまえは自由になるのだ。」
 「さもなければ、おまえはもはや存在しなくなるだろう。」


断片的に紹介してしまったが
なにか考えさせられるお話ばかり。
ゆっくりと時間をかけて読みたい一冊である。


=====================
鏡なかの鏡 迷宮
ミヒャエル・エンデ
丘沢静也訳
岩波書店 1986年


※下記は文庫本でのご紹介です。


2022年1月13日木曜日

読了メモ「図鑑少年」大竹昭子




読了。

二十四篇からなるショートストーリー&エッセイ集。
どれも、都市や街並み、近所の住人や
すれ違う人たちとの出会いや交流を描いている。

のだけれど、どれも切なく寂しくて、儚いイメージを抱くお話ばかり。
本書の途中途中に挟み込まれているモノクロの写真をみると
よけいにそんな気が増してきてしまう。

タイトルにもなっている「図鑑少年」というお話は、
館外貸出のできない図書館で調べ物をしていて
鉛筆同士がコツンとぶつかり合った音から思い出した子どもの頃の話。
小学生の頃、ツジ君という男の子がいて
その子の家に遊びに行ったことがあった。
洋間で待たされていると、植物、動物、昆虫、魚、鉄道、星座。。。
膨大な図鑑を自慢げに持ってきて見せてくれた。
仲の良い友だちだったが、いつのまにか疎遠となる。
二十年以上経った時、ツジ君が心臓発作で他界したことを知る。
焼香に行き、ツジ君の遺影を見るが
子どもの頃の顔をなかなか思い出せない。
洋間を見渡すと見覚えのある箱があり
中には短い鉛筆が入っていた。
箱を振った時の音が、
小さな骨のぶつかり合う音に聞こえてしかたがなかった。

こんなお話でした。

他には、どこにもない「五十円公園」を探す話や
カラスが多くて、放たれたミドリガメがいる池のある公園近くの自宅で、
門の柵につかまり立ちする飼いウサギを色々な人間が愛ていく「散歩者」。
などなど。

不思議でミステリアスな話が多かったけれど、
読んでいると、変に落ち着く感じのするお話ばかりでした。

=============================
図鑑少年
大竹昭子
小学館 1999年

※下記は文庫本でのご案内です。


2021年6月4日金曜日

読了メモ「知的な距離感 プライベートエリア・・・・・魔法の効果」前田知洋



読了。

著者は、クロースアップマジシャンの前田知洋さん。
自分はテレビを殆ど観ないせいもあってか
最近、お姿を拝見していませんが、
きっと、観客の間近で見せるマジックを
世界中で披露していらっしゃるでしょう。

本書は、その前田さんがマジックを披露する際、
目と鼻の先にいる観客との距離感について
を基に書かれたものですが、
表紙カバーの裏にも書いてあったのですけれど、

 あと十センチ近づいてみる
       五センチ離れてみる
 それだけで何かが変わるかもしれない

これ、とてもわかる気がします。

タイトルにもあるとおり、
人にはプライベートエリアというものがあり、
そのエリア内に他者が入ってくるか、
逆に、わずかなセンチ単位の距離なのに
なぜそんなに離れているのかと、
その距離によって微妙な心理戦が交わされます。

わざと距離を保ち、知らないふりをする美学というのもあるようです。
これは物理的な距離にとどまらず、会話にも当てはまり、
あえて離れたり、言わないことで冷たく感じるのではなく、
共感し合えることもあるということ。

マジシャンの心構えとして、
目の前の観客との間には、「見えないガラス」があると心に置き
マジックを表現するのがよいという話がありました。
見えないガラスに押し付けるようにして、
カードやコップを見せたりするわけです。
他人とどのように向き合うのかについて
この「見えないガラス」のような存在が
必要なのではないかということです。

逆に、人と険悪なムードになった時に
相手と気まずくなる前に、ほんのわずかだけ距離を修正する
だけで、心が落ち着くこともあるようです。

日常の社会生活における他者との距離感のあり方について
一考させてもらえる面白い本でした。

======================
知的な距離感 プライベートエリア・・・・・魔法の効果
前田知洋
かんき出版 2007年

※本書は絶版のようです。

2021年5月17日月曜日

読了メモ「ドグラ・マグラ」夢野久作



読了。

日本の三大奇書のうちの一冊。
『わけのわからぬ小説。読むと精神に異常をきたす。』と
江戸川乱歩に言わしめた作品です。

いつかは読んでみたいと思っていましたが
いやはや、長かった。
上下二段書きで500ページになる大作です。

一応、探偵小説なるもののようですが、
自分の記憶では、探偵なんて出てきやしません。
文体やら、時間軸の前後関係やら入り乱れてしまって
読み込むほどに本書の四次元の世界に入り込んでいきます。

精神科病棟で隔離されている主人公の
生前からの家系の変異と殺人事件、
隣室にいる泣き叫ぶ絶世の美少女と言われる許嫁、
主治医の精神科教授、またその主治医と対抗する法医学博士、
登場人物はそれほど多くはないのですが、
とにかく、話が過去や現在に大きく揺れて
文調も、はぁ〜スチャラカチャカポコ♪と言う
お囃子調で描かれた博士論文が長く続いたり、
そうかと思えば、淡々と話が進んでいく様は
確かに、気を落ち着かせて読まないと
何が何だかという具合になってしまいます。

さすがに後半は、謎解きが始まり、
ここで、え〜っ!そうなの!!今までの話はなんだったんだ!!!
と驚きを抑えつつページを捲る始末です。

幸い精神がおかしくなることはありませんでしたが
非日常にトリップしたい貴方には、
是非ともトライしていただきたい一冊です。
不要不急な外出自粛のご時世にいかがでしょうか。

最後に裏表紙の注意書きを添えておきます。

『本書を一読後、この奇怪な作品世界に毒されて
 奇行に走られぬよう、読者は充分にご注意いただきたい。』


========================
ドグラ・マグラ
夢野久作
早川書房 2007年第四版

2021年2月21日日曜日

読了メモ「キャラ立ち民俗学」 みうらじゅん



読了。

サブカル好きにはお勧めの本です。
みうらじゅん氏といえば、
タモリ倶楽部に出演しているのを見たことがある程度で、
著作まで手を伸ばすとは考えてなかったけれど
まぁ、圧倒的なオタク感が満載でした。

まず、表紙を開いた口絵が
台湾でゴムヘビを物色するみうら氏と
実際のゴムヘビの写真の数々ですから。

全部で4つの章に分かれていて
 第一章 宗教と民俗学
 第二章 風習と観光産業
 第三章 ゴムヘビ文化
 第四章 地獄の民俗学

宗教と民俗学では、天狗の鼻から始まって
道端に立っている車止めやポール、
双体道祖神にみる子孫繁栄と愛の姿を見事に導き出しています。
また、なんと驚くべきことに、
青森県にはキリストの墓が
石川県にはモーゼの墓が
山口県には楊貴妃の墓があるというのです。
参拝するごとに「墓マイル」を貯めるという
斬新な企画まで提案しているのはさすがです。

観光産業では、ある鍾乳洞がピックアップされ
Aコース、Bコースのふたつがあって
Bコースでは胎内くぐりといって、
四つん這いになって水につかりながら観光するそうです。
そして、みうら氏の個人的恐怖体験をもとに
菊人形展の恐ろしさなどが紹介されています。
お察しの通り、犬神家の一族の
佐武君がオマージュになっているんですね。

口絵の写真にもあったゴムヘビは、
案外身近にあり、江ノ島で結構売っているそうです。
近いし、今度行った時に漁ってみたい。
本書には、見開きでゴムヘビの写真一覧、
カリフォルニアキングヘビ、八重山ハブなど
30匹がご丁寧に正式和名で載っています。

最後の地獄編では、訓示もあって、引用すると

 ずっと幸せなんてありえないのである。
 冷静に一度、”今、幸せに感じる” ことに疑問を持つべきだ。
  =<中略>=
 一番危険な時が、幸せだと思うように日頃から訓練しなければならない。

とか、
 
 プライドというと何だかカッコよく聞こえるかもしれないが、
 すなわち自分への執着であり、これが原因で争いごとが起こるのだ。
   =<中略>=
 きっと、あちらはこちらよりもっと苦しいと思う。
 だからこそ、その苦しみを最小限に食い止める訓練を今、しておくのだ。

など、これからの人生を生きていく上での
大切なヒントが隠されているように思うのは
私だけだろうか。

=========================
キャラ立ち民俗学
みうらじゅん
角川書店 2013年



2021年2月16日火曜日

読了メモ「開口閉口 1 」開高 健





読了。

開高さんのエッセイを編纂したもので
ナンバリングがあるから、2巻目以降もあると思うのだが
とんと目につかない。

本書は1976年発行のもので、昔の本によくある
行間が狭く字が小さめに出来上がっている。
それだけで、自分は閉口なのだが
これが意外と読みやすかった。
開高さんの文章が読みやすく、わかりやすいのだ。

前半は、ヴェトナム戦争に特派員として
前線の兵士たちと同じ様な現地での生活をして
とてつもないヤツを口に入れる話がでてきたり、
後半は、好きな釣りやお酒の話になって、
アマゾン河での怪魚や日本の渓流での話でもりあがる。
開高さんは専らキャッチアンドリリースだそうで、
さまざまな擬似餌(ルアー)と魚との相性の話が面白い。
お酒については、世界各地で作られるお酒には、
ほとんど毒蛇が浸かっていることを指摘し
なぜ青大将ではいけないのかと首を捻る。

ヴェトナムの話で可笑しかったのは、
女房が怖くないやつは前へ出ろと隊長が命令したら
100人中たった一人が前にでたという。
その言い訳が、
 かねがねみんなの後について行ってはいけないと
 女房に言われつけているもんですから
というオチ。
こういう話は社会主義国でも自由主義国でも同じだねと笑ってました。
そんな滑稽な話があっても
戦争の話を聞きたかったら歩兵に聞け という名句が
戦争の引き起こす惨さ、非尋常な世界を彷彿とさせる。

わが地元の茅ヶ崎には、開高健記念館といものがある。
開高さんは1979年に茅ヶ崎に越してきたそうだ。
開館日が金曜日・土曜日・日曜日と少ないが、
執筆していた机や、色とりどりのルアーや
ヴェトナム戦地での写真や貴重な原稿などが展示されている。
ご関心のある貴兄はぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

====================
開口閉口 1
開高 健
毎日新聞社 1976年





2021年2月10日水曜日

読了メモ「随想 二〇一一」日本経済新聞社編




読了。

そうです。あの震災から十年が経ちます。

本書は、2011年、日本経済新聞朝刊の
「日曜日の随想」というコーナーに綴られたエッセイ集です。
寄稿者は59人。一ヶ月あたり4〜5名かな。

作家、詩人、作曲家、指揮者、写真家、画家、
演出家、プロデューサーなどなど
職業はさまざまな人たちです。

月別に編纂されているので、
当然、2月までは震災の話は出てきません。
でもそれが、やけに不思議な静けさを感じます。


そして、3月からは、震災の話がでてきます。
自分も当時、帰宅難民になったことを思い出しました。
街中のTV画面に映る信じられない津波の映像。
原子力発電所事故を報じるニュース。
海外からの支援の声。
当時のさまざまなことが読んでいて蘇ってきます。

月日が進むにつれて、
エッセイの論調も少しづつ変わっていきます。
震災が人々の心にどんな影響を与えたのか、
これからの時代をどう生きていくか、
仕事をする上でお客様とはどのような気持ちで接していかねばならないか。
被災地の過酷な状況は続いていますが
日本全国の人々、一人一人の心底に大きな影が落ち、
これからの歩みをどう進めていくか真剣に考えている様が書かれています。

そこには、広く視野をもち、
胸をはって生きていくこと、
自分のできることを精一杯やっていくこと、
などが共通して書かれているように思えてなりませんでした。

====================
随想 二〇一一
日本経済新聞社編
日本経済新聞出版社 2012年



2021年2月4日木曜日

読了メモ「会社の人事 中桐雅夫詩集」中桐雅夫





読了。

久しぶりの詩集。 

作者の中桐氏は、翻訳家でもあり
SFやサスペンスなどで早川書房などから
数多くの翻訳本を出している。


一方、この詩集のインパクトはすごい。
タイトルからしてそうだが、
相当の信念を持って挑んだ詩集なのでないかと思う。
言葉一つ一つを丁寧に扱いながらも、
自身の人生の思いを詩の言葉の中にぶち当てている。

「嫌なことば」という詩がある。
始まりの二行と最後の二行を引用してみる。


 何という嫌なことばだ、「生きざま」とは、
 言い出した奴の息の根をとめてやりたい、

   ===<中略>===

 生きていてどれほどのことができるのでもないが、
 死ぬまでせめて、ことばを大切にしていよう。



タイトルにもなっている「会社の人事」にしても
今のご時世では、見聞きされないようになってしまった光景や
一人寂しく、うつむいて帰路につく会社員の姿が浮かんでくる。
そんな詩が62編、綴られている。


以前から、詩人の書く作品は行間が好きだ。
と、自分は言ってきたが、
本書の詩はまた少し違うように思う。
勢いがすごくあるのだ。
言ってみれば、作者の覚悟というものを感じる。
行間を読んでいる暇がない。


ただ、それぞれの詩の最後の一行を読み終えたあと、
サスティーンが心の中にずっと響き続ける。


ちなみに、全て音読しました。
やはり詩は音読に限ります。


======================
会社の人事
中桐雅夫
晶文社 1981年



2021年1月28日木曜日

読了メモ「大人のための残酷童話」倉橋由美子




読了。

本当は怖いグリム童話とかの
ゴシック系ホラーとはちょっと違う。


最初のうちは、下ネタが出てくるのだ。
また、その下ネタがコミカルで、
思わず微笑んでしまうくらいだった。
一寸法師の話では、縫い針の刀で
大きくなった鬼のイチモツを突いて退治したりする。
一寸法師がどこに隠れているかわかりますよね。

みなさんがよく知っている
人魚姫やジャックと豆の木、浦島太郎にカチカチ山など
和洋合わせて二十六のお話があり、だんだん読み進めていくと
人間の妬ましさ、差別、裏切り、強欲、金、地位/権力、
などなどが浮き彫りというか
もともとの話に付加されていって、
童話の主人公は哀れな結末を迎えてしまいます。

全てのお話の最後には
ご丁寧に、「教訓」 がゴシック体で一行追記されています。
この教訓が、結末を皮肉って書かれてあったりするので
なるほど、そういう風にこの話は読むのかと
違う切り口での視点も教えてくれます。

勧善懲悪、美辞麗句、清廉潔白、美男美女にハッピーエンド......
世の中そんなに甘かぁないよ。
うっかり踏み外すと、罠にもかかるし、
目も当てられないことになるよと
なかなか悩ましい童話集です。

タイトルも「残酷」よりも、
「生々しい」という方が相応しいと思う。


==================
大人のための残酷童話
倉橋由美子
新潮社 1993年


2021年1月23日土曜日

読了メモ「スプートニクの恋人」村上春樹



読了。

ご存知、村上さんの長編です。
読まれた方も多いのではないでしょうか。

ラブストーリーであはあるんだけど、
だんだんとミステリー感も増してくるし
文章そのものも綺麗な印象を受けました。
村上さんの中では好きな作品の一つです。

前半は、村上さん独特の浮遊感があるけれど
すみれという果敢な小説家志望の女性の心情や
憧れの女性との出会いが、薄靄にかかったような感覚で進んでいきます。
それでも、ギリシャの場面に入ると
目の前にパ〜っと青空が開けて物語が展開していきます。
空と建物のコントラスト感といったら素敵すぎます。

ただ、そのあとで、この人物に
大きな異変が訪れます。
向こう側とこちら側。
決して死の暗喩ではないと思うのだけれど
愛され慕われつつも行方不明になってしまう
相手のことが思い浮かばずにはいられません。

スイスの観覧車のシーンで、その女性が
ペーパーバックを読み始めるけれど
状況が状況だけに、読んでも中身が全く
頭に入ってこないというところがあります。
自分なんかも、自宅で本を読んでいても
頭の中は全く別のことを考えている時があって
いつの間にか、ページだけ進んでいる
ということがままあります。
読書は集中力を必要とすることだなと
常々思うところであります。


また、後半では、いきなり超リアルな世界に引き戻されます。
主人公でもある「ぼく」は小学校の先生なのですが
生徒や生徒のお母さん、警備員と交わされるやりとりは
これまでの女性二人との物語とは正反対の世界。

そんなことがあって、行方不明の彼女との連絡が最後に取れるのですが、
そこには、全く別の時間を過ごしてきた彼女がいて
会話をしているようで、会話は成立していない。
おそらく、二度と会うことはないのでしょう。

時間というものは、それぞれの人間や
世界のあらゆるところで、全く違う過ぎ方をしているんだな
ということを思わせる作品でした。


=======================
スプートニクの恋人
村上春樹
講談社 1999年








2021年1月11日月曜日

読了メモ「さよなら、ニッポン ニッポンの小説2」高橋源一郎



松もとれてしまいましたが、あけましておめでとうございます。
2021年もよろしくお願いいたします。
引き続きたくさんの本を読んでいきたいと思っております。

さっそくですが今年の一冊目です。


読了。

高橋源一郎さんの文学評論です。
雑誌「文學界」に二年間ほど連載されたものです。

今回の特徴は「全文引用」です。
そんなことしたら、ページがいくつあっても足らんがな。
ですが、まぁそれは大人の冗談として、
でも、長い「引用」が随所になされているのは確かです。

小説は、特に冒頭、プロローグの部分。
源一郎さんは、この冒頭部分で
どんな小説か、察することができるそうです。
読者である我々にもわかると言っているんですけど。。。

源一郎さんは「書く」ことが仕事ですが、
その前に「読む」という作業がある。
読む「言葉」が同じだからこそ意味が通じるので
そうでなかったら話にならない。
しかし、必ずしもそうではないことに、
ある日、突然気がつくのだそうです。

つまり読むことと、その意味を理解することは別物であると。
ん〜ん、これわかります?
どこか別の本でも似た話があったのを記憶してるけれど。
そして、その読みを起点にして、
自分は外の世界へ旅立とうとするのだそうです。

また、文章には一定の速度があり、考える時にも速度がある
それはなぜか。という問い。
これに対しては、文章をカメラにたとえて
カメラと同じ速度で動いているからではないかと
これを三島由紀夫や志賀直哉、島崎藤村などの文章を
引用しながら解説してくれるのですが
まさに目から鱗の感覚でした。

その他にも、詩と小説の違いや
主体性について宗教的観点からの検証、
オタクの誕生、ポルノグラフィーと規則、
靖国の映画撮影時にカメラをくるっと反転させたら喋る人がいるか、
最後は、家族を解散することってできるのか。
「さよなら、ニッポン」というタイトルは
この家族解散の世相の話から浮き上がってきています。

いろいろなテーマでたくさんの作家の文章が
引用されています。
もちろん最後には引用文献リストもあります。

なかなか、読み応えありますよ。全537ページでした。

==================
さよなら、ニッポン ニッポンの小説2
高橋源一郎
文藝春秋 2011年



2020年12月28日月曜日

読了メモ「それでも、読書をやめない理由」デヴィッド・L・ユーリン



読了。

今年、最後の読了メモになるかな。
自分もこれまで、たくさん本を読んできたけど
やっぱりやめられないなぁ。
そりゃ、あんなに積読してるしというのもあるけど。


本書は、読書について書かれた本で
著者の息子の学校からの宿題である
「グレート・ギャツビー」が話の発端ですけれど
翻訳書だけあって、引き合いに出されるのが
海外文学なので、例示されても
いまいちピンとこないのが玉に瑕かな。

でも、なかなかいいこと書いてありましたよ。


 『誰の本を読むかはたいして問題ではない。
  読書を発見への旅ととらえ、
  自分の内面世界の発掘ととらえることだ』
これは、乱読の自分には身を寄せたくなる言葉ですね。


 『ひとりひとりの受け止め方は、
  それぞれ違っていてよいということだ』
これは小林秀雄先生も同じ様なこと言ってたなぁ。


読者だけでなく、作者側にも意見をしていました。
 『注釈は風通しのよさが大事で、作品を覆うのではなく、
  作品に織り込んでいくものであり、
  感性を押しつけるのではなく融合させる行為である』
なるほど。

本を読み直す再読することについても
とても良いことが書いてあるんだけど
全文引用すると長くなっちゃうのでやめときますが
一行だけいただくと、
 『良かれ悪しかれ、現在と過去に向かいあうことになる』
自分がどれだけ変わったかを知ることになる
ということらしいです。


後半には、TwitterやFacebookなども出てきて
情報に向かいあう我々人間の姿勢についても
変化が起き始めていると説いていて、
テクノロジーが人間の脳の回路を配線し直している
とまで言っています。

一瞬のうちに情報が手に入る社会にいて
時間をかけて読書をするということがどういう意味か
最後はややスピリチュアルな終わり方だったけど
自分はこれからも読書をしていきたいと
再確認した本書なのでした。


=======================
それでも、読書をやめない理由
デヴィッド・L・ユーリン 井上 里 訳
柏書房 2012年




2020年12月17日木曜日

読了メモ「ペイネ 愛の本」レイモン・ペイネ 串田孫一解説



読了。

フランスの画家であり漫画家でもある著者の
愛についての四冊分の一コマ漫画を一つにまとめたもの。
その四冊とは以下の通り。

 <ふたり>のポケット・ブック
 <ふたり>のウィークエンド
 <ふたり>のベッドサイド・ブック
 <ふたり>のおくりもの

で、それぞれの冒頭に、あの串田孫一さんが
解説というか、前書きのような文章を寄せてくれています。
自分としては、孫一さんの文章の方が
読みたかったというのが本音。

一コマ漫画は1ページを使っているので
四冊分といっても、あっと言う間に読み終えられます。
なかには、吹き出しに相当する文章がないものもあったりだけど
ユーモアに溢れていて、微笑ましくて、
愛がいっぱいの男女の姿が描かれています。
漫画なので、おっぱいが兎や音符になっていたり
ティアドロップが連なったカーテンがあったり
男性も人魚の格好をしていたりと
愛が詰まった小箱を覗いている感じで
ついクスッとしてしまいます。

孫一さんの解説は、それはそれはとってもやさしい文章です。
その後に続く漫画とのバランスも取れていて
漫画のページに入る前に
しっかりと読者の心を温めてくれる文章なのです。

山岳文学や硬めの随想論などで有名な方ですが
こういうモフモフ感あふれる文章もかける孫一さんって
とっても素敵だと思います。

あ〜、あんな文章を書けるようになれたらいいなぁ。。。。

===================
ペイネ 愛の本
レイモン・ペイネ
串田孫一 解説
みすず書房 1997年



2020年12月15日火曜日

読了メモ「これはペンです」円城 塔





読了。

タイトルになっている「これはペンです」と
「良い夜を持っている」の二篇からなる。

う〜ん。。。。両方ともなかなか手強い話だった。

最初の話は「叔父」、次の話は「父親」が
鍵を握っている人物なんだけれど、
どうも、自分にはこの人物が実在していたとは思えない。
主人公の「わたし」の空想世界で作りあげられたのではないかと。

本書はサスペンスやスリラーではないのです。
ある書店員さんによると、著者の描く小説を
”実験小説”と称していました。

そう言われてみれば、SFでもないし、
かと言って、話の流れと時間軸がずれていたり、
そもそも、最初の話の冒頭が
「叔父は文字だ。文字通り。」
で始まる。
もうこの段階で、自分の頭は半分狂乱していた。
その叔父からメールが来たり、肉筆の手紙でのやりとりがある。

当事者の二人同志は必死に言葉を交わしている。
主人公であるわたしが、生身の言葉で返事しているのに、
一方からは言葉を自動的に生成する装置からの返事とかで
その象徴として、表紙にもあるタイプボールが登場したりする。
ふたつ目の話では、現実のやりとりなんだか、
夢なんだか、記憶を辿っている話なんだかが混乱してくる。
母親と巡り合った経緯とか、磁石に砂鉄が着いた時は
本当かどうか知らないが、磁石をフライパンで焼けば良いとか。
しかしながら、よく読めば一つ一つの話の筋は通っているのだ。
撹乱されてはいけない。

頭の硬くなっている小生には
かえすがえすも難解なお話であった。
こういう話をさらっと読んで、
ふむふむと読後感にひたれるようになりたいものだ。

ちなみに、「これはペンです」は芥川賞候補作でもある。

=====================
これはペンです
円城 塔
新潮社 2011年



2020年12月7日月曜日

読了メモ「上林 暁 傑作小説集 星を撒いた街」山本善行 撰





読了。

ずいぶんと前に購入し、ずっと積読になっていた本だった。

私小説というのはこういう作品をいうのだろうか。
解説にもそう書いてあったし、
帯にも 30年後も読み返したい美しい私小説 とある。

中身は七つの短編からなっていて、
庭に生えていた月見草の話、
田山花袋や島崎藤村と交流があり、目の前の通りを歩く歌人のお爺さんの話
文学全集の販売に全力をあげる若い書店員の話
長患いの妻との話
など。

それぞれの話は、淡々と書かれていて、
文章に無理がなく、すーっと頭の中に入っていく。
帯に書かれていた通り、美しい文章なのだ。
それに、登場人物の動きや所作に
無駄がないように読めるのが不思議だ。

本書のタイトルにもなっている
「星を撒いた街」はその最たるもの。
ややネタバレになってしまうが、
眼下に広がる星々の瞬きがとても綺麗に書かれている。
その星の下で営まれている貧しい人たちの生活。
帰り道のひんやりと冷めた空気が伝わってくる。


30年後には、もう自分はヨボヨボの爺さんであろうが
その頃に本棚から取り出して
静かに読み返したい一冊である。

======================
上林 暁 傑作小説集 星を撒いた街
上林 暁 著、山本善行 撰
夏葉社 2012年



2020年11月26日木曜日

読了メモ「新解さんの謎」 赤瀬川原平



読了。

前回に引き続き「辞書」にまつわる本で
前半は、ある辞書についての話。
後半は、「紙」についての赤瀬川さんのエッセイとなっています。

我が家には広辞苑や大辞林のような
間違えれば枕にも使えるような中判の辞書はありません。
長年、使い続けているのは、A6版で小型の
三省堂「新明解国語辞典」です。
それでも、最近はすっかり出番がなくなりました。

本書は、この新明解国語辞典の
言語の解釈や、特に用例の短文に焦点をあてて
その独特な切り口や、辞書をひくというより
辞書を読ませるような魅力について語っています。
ですから、電車の中で読むことはあまりお勧めしません。
ニヤニヤしちゃうからです。

語り合うのは、著者の赤瀬川さんと
たまたま偶然にSMというイニシャルを持つ女性。
彼女は実際に、この辞書を引くのではなく
電車の中で読んでいたそうです。

面白い事例は本書に譲りますが、
これが可笑しい。
いわゆる、ジワジワくるというやつで、
なんでそうくるのか!という奇想天外で
吹き出しそうになる用例がいろいろあるのです。

前回のメモでも書きましたが、
日本の国語辞書は、戦中までは、いろはにほへと順の見出しで
記述も文語体でした。広く国民が使えるには難しいものでした。
これを、あいうえおの五十音順にして
記述を口語体に改め、さらに小型化したのが、
この辞書の母体であった
三省堂から出た「明解国語辞典」だったのです。

それから版を重ねるたびに内容は充実していき、
第三版・第四版で、本辞書は解釈や用例に大きな飛躍を遂げ
国語辞典に新たな世界を拓いたということのようです。

印象的だったのは、
困った時、沈む夕日を見ながら、
「死んだ母親だったらどんなことを考えるだろうか」
というところを、このSM嬢は
「こんな時、新解さんはなんて言うかしら」
と結んでいるところです。

それほど、人間臭い辞書なんだと思います。


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新解さんの謎
赤瀬川原平
文藝春秋 1996年




2020年11月15日日曜日

読了メモ「辞書の政治学」安田敏朗






読了。

タイトルと中身がちょっと違う。

読む前は、辞書という言葉の定義書や使用例を用いて
国民感情・教育をコントロールするような企みが
過去にあったのかなと思っていたのだけれど、
実際にはそんなハイレベルなことができるわけがなかった。

そもそも、日本では、戦中まで、
辞書は、いろはにほへと順で、
解釈や用例も全て文語体で書かれていたという。
こんなものでは、広く国民が使える訳が無い。
むしろ、辞書とは一部の階級だけのものといえるだろう。

また、権威主義のはびこる業界でもあり、
形式的に「誰」が書いたかが注目されたりしてきた。
無遠慮に名前だけを貸した国語学者もいた。

ならば、国が編纂すれば良かったのではという話も出てくるが
それすらも成し遂げることはできなかった。
民間の出版社が編纂した辞書を
ナショナリズムがたまたま利用しかけた程度が実態だ。

つまり、辞書は作る側と使う側には
辞書に対する意識に大きな隔たりがあるということ。
編纂する側は、文明国標準として、米英に負けじと
文化の程度を測るものとしての辞書を編纂しようとするが
使用する側はそんなことはどうでもよい。

もちろん辞書編纂は大変な労力のかかる地道な作業であり
それを生業とされる方への敬意はあまりあるものではある。
しかし、使う側にとっては、正直「字引き」が主目的で、
意味・用法・語釈を熟読するのは二の次ではなかろうか。

自分の場合も、小学校入学の際に
小学生低学年用の辞書が手元にあったかは記憶にないが
最初に買ってもらったのは、
ふんだんにイラストの入った見た目も明るい辞書だった覚えがある。
でも、残念ながら、国語辞書はあまり出番がなかった。
むしろ、読めない漢字を調べる漢和辞典の方が
必要性が高くなったことを覚えている。
そして、英語を学ぶようになって英和辞書へ。
英和辞書はページの見出しの部分が真っ黒になっている。

小学校の国語の授業の時、
ある語句を用いて短文を作成しないさいという
問題がよくあったけれど、
その際に辞書をひいて
意味をきちんと確かめていた記憶もあまりない。

はて、我々にとって、辞書とはいったいなんなのだろう。

みなさんはどんな辞書を使っていますか。
広辞苑? 大辞林? それともGoogle?

私は、次回のメモで紹介しようと思いますが
アレですよ。アレw

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辞書の政治学
安田敏朗
平凡社 2006年





2020年11月4日水曜日

読了メモ「バビル2世」1巻〜8巻 横山光輝




読了。

前回、前々回と少々重いテーマだったので
今回は、超能力少年が大活躍する漫画を読了しました。

横山先生の作品は、
2017年に「仮面の忍者赤影」のメモをアップしたけれど
今度はグッと時代感が変わって、
大昔から未来も見据えた「バビル2世」です。

TVで見ていた子どもの頃から
「バビルの塔」ではなく、本当は「バベルの塔」なのではないか。
という疑問を持っていました。
原作のコミックスを読むと
見事に「バベルの塔」となっていましたよ。
TV放映でも初回の放送は、
バベルの塔の建設シーンがありましたね。

先代のバビル1世は、地球に不時着した宇宙人です。
故郷の星と連絡をとりたくて、
バベルの塔を地球人に作らせたのですが失敗に終わり、
地球人として生活することに決めました。
バベルの塔に高性能のコンピュータを密かに作り込みつつ、
自分と同じ能力の素質を持った子孫が
生まれてくるのをコンピュータの頭脳の中で
ひたすら待っていたというわけです。

そしてストーリーは、
改造人間による世界征服を目論む
宿敵の超能力者ヨミとバビル2世との
戦いに次ぐ戦いが描かれ続けていきます。
ロプロス、ポセイドン、ロデム。
「しもべ」という封建チックな言葉もこの漫画で覚えました。
真っ赤な表皮のロプロスが、
爆風を受けて金属製のロボット仕様に変わる場面なども
わくわくして読んでしまいました。

そして、自分が覚えていないだけかもしれませんが、
ヨミの能力とバビル2世との関係には驚くべき発見もありました。


文庫版で全8巻でしたが、
最後の巻はなくてもよかったかなという感じです。
ショックな場面があったせいかしれません。
それでも、長い戦いが終わって静かにヨミを見送る
バビル2世の勇姿で完。


それでは、お約束のオープニンとエンディングは
Youtubeでどうぞ。


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バビル2世 1巻〜8巻
横山光輝
秋田書店 1994年




2020年10月29日木曜日

読了メモ「かないくん」 谷川俊太郎




読了。

何年か前に話題になった絵本です。
読んだことのある方も多いのではないでしょうか。


テーマは「死」なのですが
その死と向き合う、残される人々の心の動き。
死が近づいてきた時。
死を知らされた時。
そして、死後に残された人々の生活が始まる。

死は、終わりでもあるけれども始まりでもある。
と絵本の最後は結んでいます。

絵本の最初は小学校四年生の時の話。
かないくんの言葉は一つもありません。
あるのは、学校の先生からのかないくんの状況報告と
同じクラスの子どもたちの感じている様、思いの変化。
教室に残っているのは、かないくんの絵とか
かないくんと一緒に写っている写真とか。
それでも、すでに、かないくんのいない
同級生たちの学校生活が今まで通り始まっています。

後半は、金井君の死のことを
絵本にしようとしているおじいちゃんの話。
でも、おじいちゃんは次の桜をみることができない。
おじいちゃんは、死ぬことを
重々しくも、軽々しくも考えたくはないと言う。
絵本の終わらせ方がわからないと言う。


子どもたちにとって、死は遠いものであり終止符なのですが
時はとどまることなく進み続ける。
死を受け入れた生活が新しく始まる。
死は通過点なのでしょうか。


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かないくん
谷川俊太郎 作
松本大洋 絵
(株)東京糸井重里事務所 2014年