ラベル 新書 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 新書 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2024年7月22日月曜日

読了メモ「EPICソニーとその時代」スージー鈴木



読了。


書影にはないが帯のキャッチコピーがよかった。

『「80年代」と書いて、「EPICソニー」と読む。』

自分も学生だった時代を思い出す。


本書の前半は、EPICソニーのアーティストたちとその楽曲の紹介。ばんばひろふみ、シャネルズ、佐野元春、一風堂、ラッツ&スター、THE MODS、大沢誉志幸、渡辺美里、大江千里、BARBEE BOYS、小比類巻かほる、遊佐未森、TM NETWORK、ドリームズ・カム・トゥルー......。気づくとメロディを鼻歌しながら、ネットで楽曲を探してしまってた。


なかほどでは、EPICソニーという会社の歴史をたどる。「ロックの丸さん」と呼ばれ、レコード大賞獲得レースや紅白出場とかの話が大嫌いだった同社社長を務めた丸山茂雄さんの反骨精神満載の話は痛快で面白い。「東京」をイメージした都会的ロックしか品揃えしない戦略も思い切りがよくてスカッとさせてくれる。後述の佐野元春さんへのインタビューにもつながるが、CCCD(コピーコントロールCD)への反旗や楽曲のネット配信についての考え方など先も見ていた。


そして貴重な二つのインタビュー録で本書は締め括られる。一つは小坂洋二さん、もう一つは佐野元春さんへのインタビュー。小坂さんはEPICソニーで数々のアーティストを成功させたプロデューサー。その意外な経歴や丸山さんとの関わりの話はつきない。続く、元春さんのインタビューも最高に面白い。大瀧詠一さんから受けた影響の話は興味がつきないし、メロディへの日本語の乗せ方の妙は、今聴き直してもかっこいい。


読後は元春さんの曲が脳内ヘビロテになったことは言うまでもない。「アンジェリーナ」のギターが今でもギュルギュルいってる。


最後は、元春さんの「ガラスのジェネレーション」からこの一言かな。


「♫つまらない大人にはなりたくない」



以下はAmazonへのリンクです。

 スージー鈴木
 集英社 2021年


2022年4月25日月曜日

読了メモ「悲鳴をあげる身体」鷲田清一




読了。

体が軋む音をあげるほど痛いとかそういう話ではありません。
たしかにフィジカルな影響は出てくるのかもしれませんが、
社会的、精神的な側面からの要請やストレス対して、
身体とは誰のもので、どう扱われるのか。
果ては命とはという倫理的、哲学的なお話です。

まず、身体は誰のものなのか。
もちろん、自分のものとは言えますが、
現代ではもはや自分の所有物と豪語する身体を
自分でコントロールすることはできなくなっている。
何か調子がおかしいと思えば医者に行き、その処置に身を委ね、
いくつもの薬を処方され、手術台でメスを入れられることもある。
そんな状態になったのは、身体を管理することを怠るからだ
という自分の身体を客観視する観念も一方にはある。
もっと言うと臓器移植にあたっては、自分の臓器が他人の身体の一部になる。
他人の身体の中にある臓器は誰のものなのなのだろうか。
となると、そもそも「私」って何?
という根源的な問いに突き当たってくる。

では、自分の身体を感じる時とは。
人から見られている時、
介護を受けている時、
母親から見られていることを感じる時。。。。
誰の前での私の命なのか。
私の身体は完全に自分の所有物として自由であるのか。

そして「私」が、私でなくなる臨界とは。
それは死であるが、私の身体が死体になった時、
脳死の状態を私の死とする時、
身体の他の部位はどうなるのか。
私の人称は消滅し、非人称になるというのか。

こう考えてくると、身体って誰のものなのかが
うすぼんやりとしてくるように感じる。
少なくとも、自分の意のままになるものではない。
というのは確かなようだ。

=========================
悲鳴をあげる身体
鷲田清一
PHP研究所 2021年