2024年4月28日日曜日

読了メモ「ナウシカ考 風の谷の黙示録」 赤坂憲雄


読了。

アニメではなく、マンガ版「風の谷のナウシカ」をベースにした一冊。

読み応え充分で、久しぶりにマンガ版も読み返したくなった。
昔、マンガ版を読んだ頃は、アニメのイメージが強すぎたせいもあって
なかなか理解に苦しんだことを覚えている。

あらためて気づかされたのは、
マンガの第一巻が1983年に刊行され、
最終の第七巻が出たのは1995年。
その間、宮崎 駿監督のアニメ映画としては、
「風の谷のナウシカ」(1984年)
「天空の城ラピュタ」(1986年)
「となりのトトロ」(1988年)
「魔女の宅急便」(1989年)
「紅の豚」(1992年)
がそれぞれ公開されている。
そして、1997年には「もののけ姫」が公開された。
これらの映像作品が生まれてきた背景に
ナウシカの物語が脈々と生き続けていたことになる。

風の谷は人口が500人程度の協同労働を営む辺境自治国であったことや
ナウシカの父ジルに象徴される首長制の話などを通じて
風の谷の民族的イメージが明らかになり、
蟲や腐海の存在を解きほぐすことで本書の話は中核に進んでいく。


印象的だったのは、ナウシカの生命観というのか
世界全体をひとつに捉える見方で、

「食べるも食べられるも この世界では同じこと
 森全体がひとつの生命だから......」

「闇は私の中にもあります.....」

などの言葉からみることができる。
自然/人造、清浄/汚濁などの
二元論を忌み遠ざけているとも評している。


そして、聖書の黙示録を引き合いにして

 ”あらゆる危機が技術的に解決され、すべてが適切に管理され、
   機能している世界は、いったいパラダイスなのか”

とナウシカは問うているのではないかと著者は言っている。

最後の締めで、イデオロギーやドストエフスキーを論じる部分は、
ちょっとやりすぎかなという感じがしたが、
アニメはもちろん、マンガ版を再び観直す気にさせてくれたし
鑑賞後は湧き起こってくる思いが違ってくるだろうと
期待を持たせてくれた一冊でした。


「その者青き衣をまといて金色の野におりたつべし」


この一言を思い出すだけでも観たくなりますね。


以下はAmazonへのリンクです。

 赤坂憲雄
 岩波書店 2019年





2024年4月22日月曜日

読了メモ「芥川龍之介 ちくま日本文学002」 芥川龍之介


読了。

中学生の頃にも読んだであろうよく知られたもの、
題名は知っていてもまだ読んでいなかったもの、
そして全くの初見のものまで16の短編が編まれていた。
その他に俳句、詩からなる。
ちなみに、表紙の絵は明らかに「羅生門」なのだが、
本書には掲載されていない。

さすがだ、もうどれも傑作。
読み終えても、この後の展開はどうなるんだろうと
続きを聞かせてくれと言いたくなるくらい面白かった。
人の心を正すような作品もあれば、
思わず微笑むような作品、切羽詰まるような迫真の作品、
そして自らの人生を振り返ったような作品も。
「或阿呆の一生」などはモロに作者本人のことなので
事前知識として芥川龍之介の人物伝などを
ざっくり把握しておくとより理解が深まる。
実際、自分も芥川龍之介に関する動画を事前に観てから読んでみた。
本書は巻末に年譜も掲載されているので参考になる。

芥川龍之介は35歳で自死してしまうが
その背景には複雑な家族関係があった。
このことを知っているだけでも
数々の作品の読み方は違ってくると思う。

一人の作家の作品がコンパクトにまとまっている

この「ちくま日本文学」シリーズ。

実は初めてだったがとてもよかった。

まだいくつか積んであるので楽しみである。


以下はAmazonへのリンクです。

 芥川龍之介
 筑摩書房 2020年

2024年4月15日月曜日

読了メモ「夫婦間における愛の適温」 向坂くじら

 


読了。

30歳前後で結婚2〜3年であろう夫婦のエッセイ。

書き手は、詩人で国語教室を主宰している奥様。


なんとも微笑ましい。

日々日常の些細な所作の一つ一つに二人は解釈を加え、

その度に二人の言い分は食い違う。

二人は全くの他人だから、今後のことを予測してもしようがない。

これまでがこの先も続くほうに覚悟を決めて賭けてみるという。

こうしてお互いの信頼が築かれていく。

とても仲の良い二人であることがよくわかる。


文章の表現や言葉の選び方が背伸びをせずに等身大で

素直に口を出てきた感じがして好感が持てる。

読んでいるとなぜかTARAKOさんの声が聞こえてきそうな感じがする。


エッセイの合間には、詩も挿入されており

これらの普通な空気感もとてもいい。

身近な感覚でどことなく懐かしい感覚さえおぼえたりするところもある。



「いちばんふつうの家のカレーが好きなんだよね」


では、食事に愛を込める云々という話と

料理にいろいろ工夫をこめて最高の味になった話の

微妙な感覚のズレが面白かったし、



「熱が出ると」


という詩などは、臨場感もあって

読んでる側の手が熱くなる感じを覚えるほど。


自分が同じ年齢だった頃はどうだったかな。。。

ふと思い出そうとしちゃいました。



以下はAmazonへのリンクです。

向坂くじら
百万年書房 2023年

2024年4月8日月曜日

読了メモ「増補版 敗北を抱きしめて 第二次大戦後の日本人 上・下」 ジョン・ダワー



読了。

久しぶりに読み応えのある歴史ものだった。

敗戦後のGHQ占領下における
日本の政治・社会・文化・経済などを浮き彫りにしたノンフィクション。
サンフランシスコ講和条約で、米国の占領は一応の終わりを告げるが
本書は1989年の昭和天皇崩御まで話をひっぱる。

庶民レベルから政治家/官僚、そして天皇にいたるまで
アメリカ人が、ここまで日本人の思考・行動のありさまを
解き明かしたことにまずは驚く。
ルース・ベネディクトの「菊と刀」の読了以来の感嘆だった。
具体的な統計データ提示はもちろん、
各種資料やインタビュー、報道の内容を通して、
当時の日本人の言動や考え方を見事に抜き出している。
また、マッカーサーが天皇制を重要視し、
最終的に戦争責任を問わせなかったかがよくわかる。
アメリカはここまで日本のことを研究調査していたのかと。
一方で、東京裁判に代表される戦争犯罪の裁判では
「戦勝国の裁き」と「敗戦国の裁き」と題して
両サイドからの戦争責任の検証を行なっているのも注目される。

上巻は、敗戦直後の絶望の底から這い上がり、
食べるため生きるための死に物狂いの庶民の生活や、
パンパン/闇市/カストリと言われた集団の動きから
坂口安吾や太宰治に代表される旧式な価値観への文化的挑戦、
アメリカ文化への憧憬と軋轢などが綴られ、
下巻は、天皇制保持を貫いたGHQの真意や
武力の完全放棄を謳う日本国憲法制定への日米双方の動き、
GHQ検閲下での民主主義の醸成、
そして国民の関心が薄れてしまった東京裁判などが記されている。

おりしも、オッペンハイマー博士の映画を鑑賞し

テレビで下山事件の特集番組を観たが

本書の時代背景と共通する大きなうねりがあると感じた。

それは一体なんだろうか。。。


なお、本書の原題は下記の通りで

米国でも数々の賞を受賞したノンフィクションなのでした。


EMBRACING  DEFEAT

Japan in the Wake of World War II

by John W. Dower


以下はAmazonへのリンクです。

増補版 敗北を抱きしめて 第二次大戦後の日本人 上
ジョン・ダワー
三浦陽一/高杉忠明 訳
岩波書店 2004年

増補版 敗北を抱きしめて 第二次大戦後の日本人 下
ジョン・ダワー
三浦陽一/高杉忠明/田代泰子 訳
岩波書店 2004年