2017年8月10日木曜日

読了メモ「ヒトラー演説 熱狂の真実」 高田博行




読了。

本書を読む前後に二つの映画を観ました。
一つは、「戦場のピアニスト」。
ユダヤ系ポーランド人が迫害を受ける話し。
もう一つは「手紙は憶えている」。
認知症の老人が友人の手紙を頼りに収容所の責任者を探し仇を討つというものです。
いずれの映画も訴える映像は重く、なぜこれほどまでに
人が人を追い込んでしまうのか。追い詰めてしまうのか。
そうさせてしまうのか。

かの政党も最初から強大な権力や圧力を持っていたわけではありませんが
大きな役割を果たしたものの一つにヒトラーの演説、
なかには3時間〜4時間にも及んだものもあったそうですが
物静かな導入から入り、やがて声の音程があがり
拳をあげ、指をたてて、群衆に向かって訴えかける。
当時のメディアとしては、大きな広場での大スピーカーを使った演説か
ラジオだったそうで、当時は演説を聞かせるために
国民ラジオ的な安価な製品を作らせ広めたそうです。

政権掌握以前から演説のトレーニングには力が入り
声の専門家によるレッスンや言葉の選び方は、
演説での言葉150万語のデータベースを元に分析された結果をみると
微妙に変化していったこともわかります。
はては、オペラ歌手からも声を会場の一番後ろに届かせる訓練までしたそうです。
同時にジェスチャーも大きな振りをみせ、ポストカードとしても販売されたとか。
誕生日が4日違いだったというチャプリンは、
この激昂するヒトラーの顔をみて、
もはやコミカルではなく不気味だといったそうです。

また、ヒトラーの演説には原稿はありませんでした。
キーワードが羅列されたメモだけだったようです。
群衆の興味がどこにあるかをよくみて
その時々に応じて、演説のやり方を変える。
じっくり仕込んだ演説には意味がないとまで言ったそうです。
経済的な公約よりも、国民的名誉、団結、犠牲心、献身などの
抽象概念のスローガンの方が大衆を引きつけたということだそうです。

読み終えてどうも気持ちが釈然としません。
チャプリンの「独裁者」を観て、
最後のチャプリンの演説を聞いて心が落ち着いたのでした。

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ヒトラー演説 熱狂の真実
高田博行
中央公論新社 2015年








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