2020年9月28日月曜日

読了メモ「博士の愛した数式」「ことり」小川洋子






読了。

久しぶりに小説のダブルヘッダーをしました。
小説での一気読みは、夏目漱石の三部作以来かな。


一つは「博士の愛した数式」
これは第一回「本屋大賞」を受賞したので
読まれた方も多いのではないでしょうか。

家政婦とその子どもが記憶障害を持つ数学博士に接する姿勢や気持ちが
すごく優しくて寄り添っていて、単なる愛情とか親切さとは
またちょっと違う他者に対する温もりを感じさせてくれます。
博士は、昔のことは覚えていても、
今のことは八時間しか記憶を維持できません。
大切なことはメモにしてジャケットにピンで止めておくのです。

それほどの障害を持っているにも関わらず
数学に関してはピカイチで何でも数学や数値に置き換えて
納得し、感激してしまいます。
読んでる自分も初めて知る数学の考え方などもありました。
そのうち、家政婦や子どもも数学を一緒に考えるようになったり
子どものあだ名は、頭の形からルートにまでなってしまったり。
ルートも博士も阪神タイガースのファンですが、
博士の記憶は江夏の時代で止まっている。
そんな三人で阪神戦を観に行ったりして過ごす雰囲気が
とてもよいのです。



もう一つは「ことり」
こちらは、前作と比べるとやや寂しい孤独感に苛まれるかもしれません。

幼稚園の小鳥小屋をボランティアで世話をしている小父さん。
小父さんにはお兄さんがいるのですが、言葉が不自由です。
お兄さんはポーポー語という不思議な言葉でしか話せませんが、
同じく小鳥を愛してやみません。
薬局で売っている飴玉の小鳥模様の包み紙でブローチを作ったりします。

ストーリーの冒頭は、小父さんが孤独死で発見され、
抱えていた鳥籠にいたメジロが飛び立つシーンから始まり、
回想録のような形で話が進んでいきます。
幼稚園の子どもたちからは、小鳥の小父さんと慕われ
園長先生もよくしてくれて、鳥小屋の世話をするのが
とても楽しくて、小鳥が大好きな小父さんの
優しくて細やかな心が伝わってきます。

自分の家の庭にも餌台を作っては、
やってくる小鳥たちを、お兄さんと一緒に愛でているのですが、
台風の被害で庭にあった亡父の離れの書斎が崩れ落ちたり、
幼稚園の鳥小屋は難を免れましけれど、
新しい園長先生は、そもそも小鳥が好きではなく、
小父さんのことをよく思わなかったり、
子どもを狙った不審者の存在によって、
町の人からも陰口を言われたりと、
後半は読んでいて辛いところもありました。


この二作の登場人物たちは不思議と名前がわかりません。
せいぜい、家政婦の子どもにつけられたあだ名のルートくらいでしょうか。
あえて登場人物に固有名詞をつけないことによって、
空想世界の広がりを醸し出しているのか、なかなか面白い手法だなと思います。

また、どちらも脳神経に障害を持った人物が出てくるのも特徴です。
でも彼らは決して暗い人物の印象ではないし、
むしろしっかりと自分の世界観を持っていて
コミュニケーションに不自由はありながらも、
同居人や友人たちと心を通い合わせながら生きています。

寂しさもあるけれどやさしさと温かみのある二つの小説。
まだでしたら、貴方もいかがでしょうか。

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博士の愛した数式
小川洋子
新潮社 2006年

ことり
小川洋子
朝日新聞出版 2016年


2020年9月20日日曜日

読了メモ「絵本の時間 絵本の部屋」 今江祥智




読了。

大真面目な絵本論である。
形式的にはエッセイとご本人は仰っていらっしゃるけれど。

国内外の絵本作家、絵本画家、そして出版社をピックアップして
その作品、作家や画家の人物像なりを
浮き彫りにしていくお話。
時折、絵本の挿絵が出てくる程度で
基本的には活字ばかりである。
大人向けの絵本と思ったら大間違い。


絵本なので、子どもに迎えられることが
評価の物差しの一つであることは自明。
でも、あなたは大人でしょう?
一人の大人として絵本と向き合った時、
まず自分がどう思ったか、その判断から出発してください。
それには自分の文学的鑑賞力、美意識をはじめ
あなた自身が試されています。
というくだりが心にぐさりと刺さりました。

そして、気になるのはやはり戦争と差別の問題。
軍国主義に進む時、絵本の世界も
いつのまにか画一化されていき、
お話ばかりでなく、挿絵の色調や図柄まで
戦争を受け入れる方向に全ての絵本が向かっていったのだそうです。
大変恐ろしいと思いませんか。

また、差別の問題では、ちびくろさんぼの事案があります。
もともと、小さな子どもたちの
冒険活劇のリーダーとして、さんぼは
国内外の子どもたちに愛されていたものでした。
作者ももちろん、さんぼを卑下して書いたものではありません。
虎が木の周りを走っているうちに
バターになってしまうお話は自分も覚えています。
それがいつの間にかタブーな絵本となってしまった。
難しい問題を孕んでいますが、これこそ、小さな枠に囚われず、
ちびくろさんぼを強いらなよ、から、知らないよと
子供たちが考え、広い視野で世界を見てもらえるようになって欲しい。
と著者は訴えています。


本書は表紙の装丁から、ゴシックホラー的な印象さえ受けます。
大人の影に隠れてやや怯えるような少女。
文中にも書きましたが、子どもに受け入れられることは当たり前として
大人がその絵本に対してどういう考え方を持っているのか。
それ次第で、絵本は子どもをダークサイドに
誘ってしまうものなのかもしれないと思ったのでした。

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絵本の時間 絵本の部屋
今江祥智
すばる書房 1975年




2020年9月14日月曜日

読了メモ「小説家のメニュー」 開高健




読了。

ようやくというか、地元茅ヶ崎ゆかりの文士の書籍を手に取った。
茅ヶ崎市内には、開高さんの記念館もあって
たびたび訪れてはいたものの、
著作に接することはなかなかできていなかった。
積読には何冊か開高さんの本がまだ残っているんですけども。


本書はサブタイトルで、
美味珍味奇味怪味媚味魔味幻味幼味妖味天味
と書いてある。
ゲシュタルト崩壊しそうだが、
ベトナム戦争の前線にまで特派員として赴き
また、大好きな釣りのために世界の大河を巡ったりした中で
世界中で、そして日本で様々な味覚を楽しまれたようだ。

ネズミ、ドリアン、ピラニアなどがあると思えば
アイスクリーム、スープ、焼売、松茸などの食材もある。
だが、どれもこれも、
こんなものが焼売なのか、
ドリアンって選別によってそんなに味が変わるのか、
ネズミって祝い事の時しか食べられない高級食材なのか
ロシアの真冬で食べるアイスクリームの格別な美味しさ
など、それぞれの食材の持つ文化的背景や
調理の仕方、食べ方の風習などが実に様々で面白い。

食に対する開高さんのチャレンジ精神を垣間見るエッセイとなっている。
170頁ほどで、活字も大きく、ところどころ挿絵も入っているので
読みやすく楽しめると思う。

今度は、開高さんのハードなノンフィクションを
ガチで読んでみたいと思う。

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小説家のメニュー
開高健
TBSブリタニカ 1990年


2020年9月6日日曜日

読了メモ「ライオンのおやつ」小川 糸





読了。

前回の読了メモに続いて、
地域的には瀬戸内海界隈の小説で
ところは、レモン島という。

ここには、末期癌などで余命宣告を医師から告げられ
残り短い余生を過ごすホスピスがあり
そこに入所した33歳の女性を主人公としたお話である。

ホスピスの名前は「ライオンの家」という。
レモン島は離島であるため、日用品は調達できても
特別な嗜好品や好きな洋服などは揃えることが難しい
などが書かれた案内状から話は始まり、
主人公はステージⅣであり、
越年しても桜はみることができるかどうか....、
という状態であることがわかる。

つまり、ライオンの家に入所する人とは
なんらかの理由で家族のもとを離れ、
ライオンの家で末期を迎える人ばかりということだ。

のっけから、そういう話に遠慮なくどっぷりと入っていくので
読み進めるのが、つらく切なすぎるなと最初は思っていた。
そうであっても、飼われている犬に癒されたり
天国でデートしようと約束を交わしあったり、
入所者がリクエストする毎週日曜日のおやつと
おやつにまつわる本人のメッセージなどを読んでいくと
生きることの大切さが実感として感じられるようになってくる。

主人公の女性は、不慮の事故で両親を失い
赤ん坊の頃から、母親の弟に男手一つで育てられた。
彼女にとっては父親同然の叔父が、
ある日、見舞いにやってくるが、そこには妹が一緒だった。
その時、主人公は体は元気にならないけれど、元気な頃の心を取り戻せたという。
彼女の感謝の気持ちの高まりはなんとも表現しようがない。

「人は生きている限り変われるチャンスがある。」
「生きることは誰かの光になること。」
など、命の尊さや希望、
そして、今を生きているこの瞬間がいかに大切かを
最後まで訴えているお話です。

涙もろい人は、読みながら泣いちゃいますよ。

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ライオンのおやつ
小川 糸
ポプラ社 2019年