2022年9月29日木曜日

読了メモ「夜市」恒川光太郎




読了。

ホラー小説。短編が2篇。
と言っても、ド派手なスプラッターなものではない。
言ってみれば、日本風の穏やかだがゾクっとする
どちらも「異世界」の不思議な話。

一つは、書名にもなっている「夜市」。
妖怪が集まる夜市に、人間が入っていく。
望むものは何でも手に入る。モノとは限らない。
頭が良くなったり、運動神経を良くしたりすることもできる。
言ってみれば、夢が買える場所だ。
ただ、お金では買えない。
物々交換なのだ。妖怪が交換相応と納得したものでないと
欲しいものに交換してもらえない。
夜市に迷い込んだ裕司は、とんでもないものと
欲しい力を交換してしまう。

もう一つは、「風の古道」
みなさんも、あれ?この小さい路地に入ったことないな。
と思ったところとかありませんか。
今まで、気がつかなかった路地や草むらの中を入っていくと
人通りのない知らない道に出てしまった。
迷い込んだ少年は、通りすがりの青年と一緒に歩き始める。
その道の本性がだんだんとわかってくる。
命の危険を感じることもあったし、
何か懐かしい風を肌に感じることもあった。
ただ、元の世界へ通じる出入り口は、
閉じられているところもあって、なかなか元の世界に戻れない。
でも、最後はちょっと切ない終わり方。
ホラーというわりには、安心したかな。

2篇で200ページほどの分量です。
ちょっとした隙間に異世界を楽しんでみてはいかがでしょうか。

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夜市
恒川光太郎
角川書店 2008年



2022年9月14日水曜日

読了メモ「構造と力 記号論を超えて」浅田 彰



読了。

読んでみたかった作家の一人。
理解できないだろうと敬遠していたきらいはあるが、
案の定、難解であった。

序の部分は、大学生へのエールから始まる。
このあたりは余裕のよっちゃんである。
教養課程の重要性を紐解きながらも
浅田節に引き込まれていく。

例えば、読書について。

 入門書を精読して手がたく出発しようなどという
 小心さは、あえて捨てたい。〜(中略)〜
 せっかく受験勉強というインスタント公害食品から解放されたのだ。
 知のジャングルをさまよって、毒でも薬でも
 どんどんつまみ食いしてみればいい。(P20〜)

と。

で、問題はここから先の本章からなのだが、
いきなり最初からつまずく。
一つ一つのパラグラフが短いのが幸いではあるものの
解らない言葉が否応なく出て来る。
人間の存在が有機的な自然界の秩序からのズレを生じさせており
このズレがいかに帰結するかを論じている。
と思う。確信は持てないが。

また、国家を論ずる章では、金(Gold)に替わって
貨幣が象徴中の象徴で、象徴的価値体型を吊り支える中心であると言う。
いわば地上に現れたブラックホールとして、
欲望の流れを一方的に吸引し続けるらしい。

だからなんだと言わんとすることを纏め上げる理解力を
自分は持てていないので、このあたりでやめておく。

ちょっと救いだったのは、数多の経済学者や
思想家の名前が噴出する本書の中で
ジョン・ケージやグレン・グールドという音楽家の
名前が登場してきたことに一抹の親近感を覚えたのは確か。

著者の本はもう一冊、積んであるので
本書も併せて再読をしたい。

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構造と力 記号論を超えて
浅田 彰
勁草書房 2021年


2022年9月4日日曜日

読了メモ「ザリガニの鳴くところ」ディーリア・オーエンズ




読了。

2021年の本屋大賞、翻訳小説部門1位の作品。
話題にもなったので、読まれた方も多いのではないでしょうか。
翻訳モノに苦手意識のある自分でしたが
本書は、ストーリーも情景も人物の心の動きも
すっと入ってきました。
読みやすかったですね。

読みやすかったことの反面、
内容は切なく、アメリカの格差社会を
浮き彫りにする物語でもありました。

場所は、それこそザリガニが鳴きだしそうな
深淵な湿地・沼地で水上生活をする少女。
きちんと、水上集落らしきものもあって
お店もあり、交通手段はもちろんボートです。

一方、対する街には、お決まりではありますが
彼女にちょっかいを出す輩がいれば
彼女を守ろうとする若者もいます。
また、役所は、彼女を「保護」し
里親に預けようとしますが、
ザリガニの鳴くような沼地の奥地にいれば安全です。
母親は彼女を捨てて沼地を去ってしまっているのです。

そこで一つの事件がおこり、彼女に容疑がかかります。
真偽の程は読んでみていただきたいのですけれど
入り組んだ水路や、鬱蒼とする水草や木々の中での水上生活者と、
クルーザーを乗り回し、彼女を見下す人々や警官の姿が
鮮明すぎるほどに対照的です。
法廷では、人種差別に関する記述もあり
アメリカ社会のそれこそ奥深い沼のような慣習が綴られています。

舞台となった湿地は実際のモデルがあり、
今では、開発でかなり縮小されてしまったようです。
ザリガニの鳴くところは、どこかにまだ残っているのでしょうか。

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ザリガニの鳴くところ
ディーリア・オーエンズ
友廣 純訳
早川書房 2021年


2022年8月20日土曜日

読了メモ「このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ハプワース16、1924年」、「ナイン・ストーリーズ」J.D.サリンジャー



読了。

サリンジャーの本を2冊読みました。
どちらも短編集ですが、前者の方は連続短編という感じ。

翻訳者が違うので、読み応えはどうかなと思ったけれど
さすがに、評判の高いお二人なので、大変読みやすかったです。
ただ、前者の本の最後のお話は、手紙形式なのですが、
とても分かりにくかったし、あまりに長すぎるのが玉に瑕です。

サリンジャーといえば、「ライ麦畑で捕まえて」が有名で、
逆にそれを読んでしまうともう読む機会はないくらいだったのですが、
今回、思い切って2冊読み切ってみました。

どちらも、時代背景は、第二次世界大戦前あるいは戦中の頃で、
前者の本では、戦場の生々しい話があったり、
兵士の悲しさや寂しさ、故郷を想う心情が描かれています。
日本兵と戦う話や、ヨーロッパ戦線の話も出てきて、
話の広がりがワールドワイドで、思わずのめり込んでしまいます。

後者は、戦場がでてくるところはないですが、
逆に、それぞれのお話の最後の部分で、
背筋に冷たいものが走るようなゾワッとする形で終わる話や、
悲鳴をあげそうになる話が多いです。
このような展開が多かったのは少々意外でした。

おすすめとしては、最後にビックリさせてくれる部分もあるから
後者の本を推すかな。

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このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ハプワース16、1924年
J.D.サリンジャー 金原瑞人訳
新潮社 2021年

ナイン・ストーリーズ
J.D.サリンジャー 柴田元幸訳
ヴィレッジ・ブックス 2009年

 




2022年8月12日金曜日

読了メモ「草枕」夏目漱石、「『草枕』変奏曲 夏目漱石とグレン・グールド」横田庄一郎



読了。

「草枕」は、有名なこの文章で始まります。

 山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。
 意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。

また、続いてこうある。

 住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、
 有難い世界をまのあたりに写すのが詩である、画である。
 あるは音楽と彫刻である。

この本を愛読した音楽家がいる。
バッハのゴールドベルグ変奏曲で有名な
カナダのピアニスト、グレン・グールドだ。
クラシックに詳しい人の間では
このことは有名らしいが自分は初めて知った。
彼はこの草枕を「二十世紀の小説の最高傑作の一つ」と評価し、
死に至るまで手元に置いて愛読していたそうである。

まず、その草枕であるが、不思議な小説だ。
筋らしい筋がない。
読み終えて感じたのは、これは小説というよりも
夏目漱石の芸術観の一端を表現したものかもしれないと。
主人公は山奥の温泉場に出向いた
画工(えかき)なのだが、一向に画は描かない。
周りの豊かな自然や風景に心を寄せて詩情を抱き、
那美という宿の出戻り娘に温泉場の人々や
お寺の坊主が翻弄される様を見ては斜に構えていたりする。
最後は、出征する青年と、那美に起きた意外な事件で
画が描けそうな雰囲気になるところでおわる。

一方、グレン・グールドは、草枕を英語版と日本語版で
保存用と読書用に合計4冊も持っていたそうだ。
グレン・グールドと夏目漱石は偶然にも同じ50歳で生涯を閉じる。
草枕をグレン・グールドが読んだのは、
1966年から67年だが、草枕を読む前と後の
彼のゴールドベルグ変奏曲の演奏が
こんなにも違うのかと素人の自分が聴いても驚くほどである。
まだ、ネット上で聴きかじっただけだが
ちょうど聴き比べのできるCDが販売されているので
今度、じっくり聴き比べてみたい。

また、草枕以外にもう一つ、グレン・グールドに影響を与えた
日本芸術の記載があった。
安部公房原作の映画「砂の女」である。
勅使河原宏監督、岸田今日子主演の1964年のモノクロ映画。
グレン・グールドが草枕を読む前になるが
彼はこの映画を100回以上は観たという。
ちなみに、この映画の音楽は、武満徹が担当していた。

グレン・グールドは、人前での生演奏をやめて、スタジオに篭り
ひたすらスタジオの中で演奏、録音や、ラジオ制作をするという生涯を送る。
ミキサーの前に座っている彼は、
スタジオの中は子宮の中にいるようだとも言っていたという。

草枕、砂の女という日本の芸術に影響を受けた
カナダのクラッシックピアニストの生涯。
言葉の壁はもちろんあった筈だが、
グレン・グールドの心底に流れ通じたものはどんな感慨だったのだろうか。

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草枕
夏目漱石
新潮社 2021年

草枕変奏曲 夏目漱石とグレン・グールド
横田庄一郎
朔北社 1998年

2022年8月8日月曜日

読了メモ「人間の証明」森村誠一




読了。

 母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね?
 ええ、夏 碓井から霧積へ行くみちで、
 渓谷へ落としたあの麦稈帽子ですよ。

 母さん、あれは好きな帽子でしたよ。

 (西條八十・作 「帽子」より抜粋)

一世を風靡したミステリー小説。
書影の竹野内豊は、2004年TVドラマでの刑事役ですが、
自分には、1977年の角川映画で刑事を演じた松田優作と、
ジョー山中が歌う主題歌しか記憶にありません。
前年の角川映画は「犬神家の一族」でしたね。

ストーリーは、ご存知のお方も多いと思います。
フィクションとはいえ、戦争という災いに端を発する
一つの事件だったのかと思います。

こうやってあらためて小説として読んでみると
あの時に観た映画のシーンやそれこそ主題歌が再生され、
脳内で原作の形で映画がリメイクされる感じです。

あまり多くを語る必要もないので、
お約束の動画を貼り付けておきます。


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人間の証明
森村誠一
角川書店 2004年


2022年7月31日日曜日

読了メモ「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」フィリップ・K ・ディック




読了。

さて、いきなり問題です。
本書は、何の映画の原作でしょうか。

書影にも書いてあるし、有名なので
ご存じのお方もござりましょうが。。。
答えは「ブレードランナー」です。

ここでいうアンドロイドが、
映画上ではレプリカントになるわけですが、
本書を読むと、あまりに映画とのひらきがあって
あの映画の壮大なスケール感と映像世界を生み出した
リドリー・スコット監督の凄さを感じます。

環境破壊により、火星に移住した人類は、
労役を人間型ヒューマノイド、
つまりアンドロイドにさせるのだが、
アンドロイドの中には地球に逃亡する者がでてくる。
主人公のリックは、そのアンドロイドハンター。
しかし、地球には、人間世界そっくりの
アンドロイドの警察機構ができあがっているし
骨髄検査までしないと正確には
アンドロイドか人間かがわからない。
一時は、リックもアンドロイドと疑われ
殺人罪で拘束されたりもする。

指令されていた、アンドロイドを処理して
リックは山羊のいる自宅に帰るが、処理されていた。
本物の山羊ではなかったのだ。

アンドロイドは電気羊を夢を見るか?
最後にきて、ようやく不思議なタイトルの意味の深さが
わかってきました。

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アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
フリップ・K ・ディック 浅倉久志訳
早川書房 2020年