2024年10月26日土曜日

読了メモ「冷たい校舎の時は止まる」辻村深月 作

 

読了。

2004年 第31回メフィスト賞受賞作。文庫上下合わせて1,100ページ以上の学園長編ミステリー。

舞台は屈指の進学校、私立青南学院高校。まず本編に入る前の冒頭でいきなり不安を掻き立てられ、それがこの小説の全てを物語っているように思える。

 「落ちる、という声が本当にしていたかどうか。
  それは、今となってはもうよく思い出せない。」(上 p13)

登場人物は、同校の3年生で各クラスで委員をしていたり、生徒会で活躍する8人の生徒たち。彼らが雪の降る朝に登校してくるのだが、この時点ですでに様子がおかしい。街に人がいないのだ。登校しても学校には下級生も先生も誰もいない。8人だけだ。さらには、なぜか校舎の扉に鍵がかかって一人として外に出られなくなってしまう。破天荒ながら生徒たちから支持されている若い先生がしかけたドッキリだろうと高を括るがどうも違うようだ。そして追い討ちをかけるように不思議なことが発覚する。校舎は3階建てのはずなのに4階と5階が窓から見える。でも昇りの階段はない。

冒頭の書き出しで想像がつくとおり、この高校では校舎屋上からの投身自殺が起きていた。秋の学園祭の最終日の事件だった。しかし、これも不思議なことだが、8人の生徒たちはその自殺した人のことをどうしても思い出せない。たった数ヶ月前のことなのに。。。。

中盤から生徒ひとりひとりに不気味な犯人の手が伸びてくる。真っ白い雪と赤い鮮血の描写は読んでいて背筋がぞくそくしてくる。異次元の世界観にも関わらず、辻村さんの作品は本当に読みやすい。読んでる自分も同じ校舎の中にいるような感じがして生徒たちと一緒になって頭を巡らす。また、話の鍵を握る女子生徒の名前は「辻村深月」で、作者と同じ名前。なおのこと話の世界にのめり込みやすくなる。
犯人がわかって異次元世界の謎も解けたあと、さらに追っかけでもうひと展開があったりと最後まで楽しませてくれます。

「落ちる」という一言が最後まで頭から離れない。なんとも切ないホラーミステリーでした。


「冷たい校舎の時は止まる」
辻村深月 作
講談社 2007年8月刊


2024年10月14日月曜日

読了メモ「日本列島改造論 復刻版」 田中角榮 著

 


読了。

第64代/65代内閣総理大臣 田中角榮氏が著した当時91万部の大ベストセラー。一度、読んでみたいなぁと思っていたところ、復刻版が出ていたのを知り入手してみた。

発刊されたのは、昭和42年(1972年)のこと。あさま山荘事件、沖縄返還などがあり、翌年には第一次オイルショックがおきるという時代。今からもう50年以上前。そんな時代に、角榮氏が訴えたのは、都市の過密と農村の過疎の解消。この言葉が何度も本書には登場する。人と経済の流れを変える、都市改造と地域開発ということに多くのページを割いている。ただ、いわゆる国土を掘り返すような話ばかりではない。ソメイヨシノの植生が衰えてきていることを例にあげた公害問題・環境保護に向けた提言、平和と国民の福祉や国家間の協調に日本の力を活用していくこと、そして今のネットワーク社会を彷彿とさせる記述もあり、情報通信ネットワークインフラの整備を進めることの重要性も具体例をあげながら説かれていた。

読んでいてさすがだなと思ったのは、表だった強引とも言える政策を述べたあとで、その影に隠れてしまうような側面にも必ず光を当てて取り上げ、もれ無く隅々まで政策を行き届かせようとし、日本をよくしたいという意思が感じられたこと。表現の一部に古いところはあるが、その「筆」の圧倒的な説得力は今の時代に読んでも健在だ。

角榮氏といえば、今太閤と揶揄され、ロッキード事件で逮捕収監されたあとも目白の闇将軍と呼ばれたりしたが、あのダミ声でブルドーザーのような迫力を持った演説をまた聞いてみたくなった。

なお、本書の復刻にあたって冒頭の添書きを真紀子氏が書かれている。こちらも併せてご一読を。


「日本列島改造論 復刻版」
田中角榮 著
日刊工業新聞社 2023年3月

2024年10月4日金曜日

読了メモ「ポー傑作選2 怪奇ミステリー編 モルグ街の殺人」 エドガー・アラン・ポー 作 河合祥一郎 訳

 


読了。

ミステリーの古典。

世界最初のミステリー小説と言われる「モルグ街の殺人」を含め、

全11編が収録されています。


いったいどんな展開になるのだろう…、

現代のミステリーとはちがったどことなくお洒落な雰囲気が漂う作品なのかな

と思いきや、え〜!こんな結末だったのかぁ〜〜〜と驚き!

途中の謎が謎をよぶ展開では、どんな解決を見せてくれるのかドキドキするし、

現場に現れた人物の証言を一つづつ整理しての検証も

読む側を引き込んで没頭させてくれます。

が、よもや真相が。。。。

ある意味、ありえないどんでん返しといえるかもしれません。


ほかの謎解きというかファンタジックなお話は、

どちらかというとエログロナンセンス系でした。

日本の平井太郎さんが感銘を受けて

ペンネームにポーの名前をもじって使ったこともうなずけるものばかり。

ミステリーの謎解き役には、

頭脳明晰な探偵と少しとぼけてるけど行動力のある相棒がでてくるという

いまのミステリーでも定番の人物設定ができあがっていました。

これものちの明智小五郎や小林くんにつながっていくんだろうなと思いました。


表紙の装丁もロートレックとお洒落な感じですが、

中身は江戸川さんチックなお話ばかりです。

お話だけではなく詩が3編ほど収録されており、

翻訳も絶妙で不思議なリズムと音韻の響きが不穏な雰囲気を醸し出してもいます。

暗号解読の「黄金虫」というお話も面白かったなぁ。

未読な方は是非



「ポー傑作選2 怪奇ミステリー編 モルグ街の殺人」
エドガー・アラン・ポー 作
河合祥一郎 訳
KADOKAWA 2022年版

2024年9月18日水曜日

読了メモ「地球生命圏 ガイアの科学」 J.ラヴロック 著 星川 淳 訳

 



読了。


地球全体を一つの生命体ととらえて環境問題を論じている。著者のラヴロック氏はNASA宇宙計画の共同研究者として火星の生命探査計画に参加したのをきっかけに本書を書き上げた。


地球の生物・大気・海洋・地表は、単一の有機体とみなせる複雑なシステムであり、生命にふさわしい場所として保つ能力を地球はそなえているという仮説からスタートする。人類や他の生命は、この地球を快適な住み家として維持する力をもった巨大な生き物の部分であり、お互いがパートナーであるという見方だ。


生命が地球に生まれる前、地球はどんな状態だったのか。隣の火星と金星に生命がないのに、なぜ地球は生命を生み育てることができたのか。生命が誕生してから35億年、ほんの短期間でも生命にとって100%不向きな時期はなかったし、海洋が全て凍ったり沸騰したりしたことはなかった。氷河期の寒波も北緯45度以北と南緯45度以南の地帯を襲っただけで、地表の70%はその氷河に覆われた地帯に入っていなかったという。


地球が、生命にとって最適な環境を提供しているかについての論証は、大気組成そして海へと展開する。その海での問いは象徴的だ。


 「海はなぜもっと塩辛くならないのか」(p169)


それは、海洋の塩分が生物学的なコントロールをうけてきたから。地球という巨大な生命圏のなかで長い年月の時間軸で調節をはかってきたということだ。


そして、都市化や工業化によって人間が環境に与える汚染問題が投げかけられるのだが、賢明な方法を用いれば他の生物種を自然生息地から追い立てることなく食糧生産することができることを例に挙げ、理知的な組織と高度なテクノロジーが必要と説く著者は、


 「人間のテクノロジーが人間にとって破壊的だった

  ということになる可能性はあるが、

  現在または近い将来における工業活動のレベルで、

  全体としての地球の生命が危うくなる根拠は薄い」(p195)


と言っている。これは意外な論旨展開だった。


ここまで読んでくると、相当に長い時間がかかることは前提としながら、人間が環境を汚染してしまっても、地球環境は自らの調整維持機能で回復し存続していくと読めてくる。しかし、最後に問題を突きつけられる。それは「人口増加」問題。著者は世界の人口が百億人を超えたあたりで、一人あたりのエネルギー消費が増大した場合、牢獄のような地球となるか、超大量死の末に別の生存者に地球を渡すことになると言っている。


全体を通して、人間がもたらす地球環境への汚染問題は恒常性をもって回復維持されるトーンではあったが、あとがきで訳者が補足的に「人間に対する地球自身の声」を代弁していたので引用する。自分・あなたが人間を指し、私が地球のことです。

母なる地球は我々人間を見捨ててはいないということでしょうか。


 「むずかしいことではありません。

  自分が地圏、生命圏、大気圏をあやなす

  〈私〉という生態の一部であることを認識し、

  〈私たちすべて〉の健全な進化を

  めざしてくれればいいのです。

  あなた方の未開な文明が、その逆に生命を抑圧し、

  殺害している現状を打破してください。

  熱核戦争の危険と、放射能廃棄物を未処理のまま放棄している

  という事実の原因をつきとめ、解決の工夫をすること。

  これがあなた方現行人類にさずけられた公案です。」(p280)




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 J.ラヴロック 著 星川 淳 訳
 工作舎 2023年新装版




2024年9月8日日曜日

読了メモ「仮面の告白」 三島由紀夫

 

読了。

前回、三島さんの作品を読んだのは去年の6月。

その時はエンタメ小説っぽいサスペンス&ミステリーチックな作品だったが、

今回はまたガラリと違う。

半ば自叙伝的なもので、三島さんの生々しい半生を素手で握るような感覚を味わえる。


冒頭、「美」について「カラマーゾフの兄弟」からの引用から始まる。

この冒頭を読みこむだけで本作の異様ともいえる雰囲気に飲み込まれてしまう。

本編のお話は、幼少期から青年期までのタイトル通りの「告白」、

あるいは「吐露」ともいえる。


幼い頃からの父母と別れた生活、同級生への倒錯した感情、

強靭な肉体への憧憬と嫉妬、異性に対する感覚のズレ、

運命の女性との出会いと執着心、戦争での死の教義、そして絶望的な苦しみ。

一人の青年の暗澹で戸惑い迷う生き方を

ここまで読んでしまっていいのだろうかと思うくらいだった。

それに、そんな心の蠢きを表現している描写が素晴らしい。

えっ、こう書くのかぁ。。と唸ってしまうところがいくつもあった。


三島さんは1970年の45歳の時に市ヶ谷駐屯地で自決するわけですが、

この作品が書かれた1949年、当時24歳の時に、

三島さんの心と体の中に自決に関する朧げなイメージというか、

ぼんやりとした霧のようなものがあったのではないかと思わせられる。

読み終えてあらためてそう感じられるのは自分だけではないと思います。

いかがでしょうか。



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 三島由紀夫
 新潮社 2020年新版



2024年8月30日金曜日

読了メモ「ウルトラマンの東京」 実相寺昭雄

 

読了。

ウルトラマンやウルトラセブンだけでなく、
平成のウルトラマンシリーズも手がけた
実相寺さんの撮影当時エピソードがふんだんに盛り込まれた回顧録。

お話は昭和のウルトラマン、ウルトラセブンの頃なので、
当時の東京世田谷や川崎、調布あたりの風景が浮かび上がってくる。
実相寺さんが円谷プロに入った頃、
東京世田谷界隈は今では想像もつかないほどの緑につつまれ、
空が広く宇宙に近いと実感したそうだ。
高層の建物が多くなった今の東京をバックにすると
怪獣やヒーローのサイズ感覚がバグってしまいうまく撮れなくなったという。

撮影機材もビデオではなくフィルムの時代。
ジェットビートルやウルトラホークがピアノ線で吊られ、
ミニチュアの山や街並みがならぶ。
ロケでは夕陽を背景に隊員たちの演技を収録する。
ウルトラマンの頃はまだセットを話のたびに組みあげる撮影は少なかったそうで、
ウルトラセブンになってようやくスタジオセットでの撮影が増えてきたという。
実相寺さんが手がけたウルトラマン六話のうち、
スタジオセットをわざわざ組んだのは「怪獣墓場」の回だけだったらしい。
レギュラーセットは、科特隊本部とビートル操縦席まわり程度だったようだ。

本書の初出は1993年だが、
すでに撮影当時のロケ地や地名などが無くなっていることに気づく。
かたや意外なところが撮影に使われていたこともわかった。
当時の経団連ビルや、TBS社屋の屋上などは頻繁に使われたそうだ。
今は、その大手町や赤坂あたりも当時を思いおこす跡はほとんどなくなってしまっている。

実相寺さんが手がけたウルトラマンは六話、ウルトラセブンは三話ある。
以下にタイトルだけピックアップするので、
どんな怪獣や宇宙人が出てきたか思い出してみてください。全部わかるかな。。。
  1. 「真珠貝防衛指令」
  2. 「恐怖の宇宙線」
  3. 「地上破壊工作」
  4. 「故郷は地球」
  5. 「空の贈り物」
  6. 「怪獣墓場」
  7. 「狙われた街」
  8. 「第四惑星の悪夢」
  9. 「円盤が来た」

以下はAmazonへのリンクです

 実相寺昭雄
 筑摩書房 2003年

2024年7月読了本 5冊

読了本のリンクは読了メモ全文のページへ


1)EPICソニーとその時代

        スージー鈴木
        集英社 2021年
        読了日:2024年7月1日
        ・書影にはないが帯のキャッチコピーがよかった。

            『「80年代」と書いて、「EPICソニー」と読む。』

            自分も学生だった時代を思い出す。



            円城 塔
            早川書房 2014年
            読了日:2024年7月6日
            ・相変わらず朝の霧の中を歩いているようなわからない話ばかりだった。
                それでもついつい手を伸ばしてしまう。結局、面白いのだ。


            メアリー・ボイス 著 山本由美子 訳
            講談社 2010年
            読了日:2024年7月17日
            ・イラン・インド地域の歴史は非常に複雑で、他民族も流入したほか、
                権力者の名前も似通っていたりで、読み進めるのは困難だった。


         ラフカディオ・ハーン 作、平井呈一 訳
         岩波書店 2021年
            読了日:2024年7月28日
            ・日本を愛した小泉八雲ことラフカディオ・ハーン氏による怪談集。


5)星の子
         今村夏子
         朝日新聞出版 2019年
            読了日:2024年7月31日
            ・好きな現代作家さんの一人、今村夏子さんの作品。
                お話全体に常にただよう不穏な空気感がなんともいえない。