2016年9月10日土曜日

読了メモ「妖怪天国」水木しげる



読了。

1970年代から80年代前半にかけて
いろいろな雑誌や新聞などに掲載された水木しげるのエッセイ集。
ほとんどが、2ページと少々程度のもので
ところどころに、独特のあの挿絵がはさみこんである。

タイトル通り妖怪の話はあるけれど
べとべとさんや、川赤子とかマイナーな妖怪で、
名の知れているところでは、あずき洗いや、河童など。
「となりのトトロ」も出てきて解説、絶賛もされていた。
鬼太郎やねずみ男などは挿絵でちょっと顔を出すくらい。

 
著者の妖怪漫画家としての話よりも、
戦争で南方にいた頃の話がベースになっている。
著者は、戦争中、ニューギニアに出征。
そこで片腕を失うわけだが、現地民族と交流を深め、
終戦をむかえても残ることを真剣に考えたとか。
南方は著者にとっては楽園だったという。
ちなみに帰国後も現地住民とはずっと交流が続いていたそうです。
現地住民との心の通い合いや、あわやどうにかなってしまいそうな
エピソードは、エッセイとして面白く読めても
その紙一重にある極限の現実は大変重いものがある。

つらいことや耐えることではなしに、
楽をしたい、なまけたいということを目指すその徹底ぶりの話には
なかば呆れるくらいな印象を受ける。
それでも読み進めるうちに、その「楽」に向けての
著者の真摯な姿勢と生き方に考えさせられるものがある。

また、自分は幸福だと思ったことはあまりないと言い切っています。
あえて言うなら、挑戦することによって生まれる心の緊張、
はりといったものがささやかな快感をもたらし、
それが幸福と言えば幸福なのだそうです。
挑戦の結果を問題にするのではなく、挑戦する行動にその報いが含まれている。
戦争で地獄を経験し、戦後は紙芝居や貸本業を営みながら
厳しい生活をしてきた著者の人生観を感じ取れる一節でした。


妖怪の話に戻ると、ヨーロッパでは妖精画が美しいという。
一方、日本の妖怪画はどちらかというとグロテスクになりすぎている。
日本の座敷童子や一寸法師などは妖精とも言えなくもないが、
四谷怪談に代表される幽霊のイメージがあって、
日本では妖怪を悪しきもの妖しいものとして放置してきた。
ヨーロッパでも魔女に代表される悪魔がいたりするが
シェークスピアでも様々な妖精が登場したり
空想や幻想が追加されて名画も制作されて実に楽しいと。
そうは言うものの、著者のおかげで、
日本の妖怪は市民権をぐっとつかめたと思うのですが、
ご本人にとっては、まだまだまだの様子でした。

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妖怪天国
水木しげる
筑摩書房 1992年






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