2017年1月29日日曜日

読了メモ「高倉 建 Ken Takakura 1956-2014」文藝春秋編



読了。

2014年に亡くなられた高倉 健さんの闘病手記や
仕事や様々な形で関わった方々による秘話などが収められている。
インタビューや、一問一答はもちろん
関係者の話の中で健さんが発する
「 」で括られた言葉が、あたりまえだが健さんです。
活字の言葉があの声で頭のなかに響いてくる。

日本を代表する映画俳優であっても決して驕らず、
常にスタッフのことを気遣い感謝の気持ちを忘れない。
撮影中、スタッフが仕事をしている間、
他の俳優さんが休憩をして座っていても、
健さんはスタッフが目の前で働いていると
いつも立ち続けていたそうです。
席を勧められても、好きで立っていますからと。
あの雪の「八甲田山」の撮影の時も。

秘話をおさめている関係者は
今でこそ名を成した方ばかりだけれど、
話の内容は、当時の厳しい撮影や苦しい状況で
励まし助けあったそれこそ現場の話。
そんな一緒に働いてきた仲間に別れを告げる新作封切りの日は、
健さんにとって一番辛い日なのだそうです。

読んで気づくのは、健さんが手紙をよくしたためていたこと。
地方や一個人からの叶う見込みのない出演や講演の依頼に対しても
健さんは丁寧に返事を書いています。
そして、時には直接電話をし、場合によっては撮影の合間をぬって会いにいく。
かかってきた電話で、「映画俳優の高倉です」と言われたらそりゃ驚きます。

205本という数の映画に出演し、寒い地方でのロケが多く
健康には人一倍注意を払っていたといいます。
強くて寡黙ですが、礼儀正しくそしてやさしい。
レイモンド・チャンドラーのあの言葉を
まさに体現されている人のように思えました。


自分には、まだ観ていない健さんの映画はいくつもありますが
東京駅にある東京ステーションギャラリーで、
先日まで開催されていた「追悼特別展 高倉 健」は観にいくことができました。
北九州や北海道、西宮などをこのあと巡回していくそうです。
機会のある方は足を運ばれてはいかがでしょうか。




















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高倉 健 Ken Takakura 1956-2014
文藝春秋編
文藝春秋 2016年

2017年1月21日土曜日

読了メモ「人声天語」坪内祐三



読了。

2003〜2008年というから、
10〜15年前に月刊誌に連載されていたコラム集。

ずっとコラムとエッセイの区別がつかないでいたのだが、
この本を読んで、今の世相やその時々の旬のネタを扱って、
書き手の思いやこだわりを綴るのがきっとコラムなのだろうと感じた。
というのも、悲しいかな10年以上前に書かれたコラムを読んでも
もはやピンとこないことが多かったからだ。

例えば、のっけから、イラクの人質事件は解決した といわれてもである。
その当時に話題になって、連日のようにTVのワイドショーで取り上げられた話なのに、
今となってはうっすらとしか覚えていない。
なかには全く記憶から消えてしまっているネタもあった。
もの忘れがひどいと言えばそれまでだ。残念ながらやむを得ない。

なので、「コラム」というものは、
連載されているその時にその掲載誌上で読んだ方が
きっと臨場感もあって面白いに違いないのであろう。

それでも当時往年のネタで書かれたものが、
今にも通じる地下茎のような話もある。
年金問題に対するマスコミの姿勢について
低年齢化する傷害事件と死について
靖国と明治維新と中国についてなど。
それと、一歩引いた視点で事件を捉えていて
当時はどうしてこういう見方ができなかったのだろうと
懐かしくも感じたのは、納豆ダイエット問題 の話。

当時の流行の誌上では、怒涛のようなニュースや記事や
それこそTV映像の中で、右から左に読み流されてしまうコラムでも
こうやって当時の記憶を掘り起こしながら読み直してみると
今更ではあるが膝を打つような感心や
深く得心がいったような感慨に没することがある。
もちろん、そんな単純なことはなかろうという話もあり、
それはそれで今の時勢を見る頭の体操にもなる。

今回は10年以上の時間をおいて読んだことになったが、
書かれたコラムが10年前のものというよりも、
読む自分の脳みそを10年ほど熟成させてから読んだということで
当時だったら感じとれなかったような旨味や
隠し味を感じとることができるのだとしておこう。

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人声天語
坪内祐三
文藝春秋 2009年


2017年1月14日土曜日

朗読「雨ニモマケズ」


大好きな「雨ニモマケズ」を声に出して読んでみました。
朗読とは言っても、ただの棒読みです。

最初のうちは、自分の声にどうも馴染めず、
むずがゆかったのですけど、
何回か聴いていると、さすがに慣れてきたw

冒頭、やや走って読んでしまっているので
もう少しゆっくりにして、
全体的にもっと抑揚をつけてもよかったかな。




読了メモ「犬の人生」マーク・ストランド



読了。

短編小説集ではあるのだけれど、
それぞれのストーリーがトントンと展開し、
結末に着地するというものでもない。
今の情景や登場人物の立ち居振る舞い、
感情や自由にひろがる想像の世界が書かれている。
訳者である村上春樹のあとがきを読んで、
あ〜、これは散文詩なんだ とあらためて思った。
正直言って、難解です。

本書のタイトルにもなっている「犬の人生」は、
犬のことを言っているようで実は自身の前世のことを話している。
どうやら主人公はコリーだったようだ。
そして、その犬の頃の自分は
人間になることの兆候を感じ取っていたらしい。
逆に次の世に生まれたいま、再び犬になるか
ということについては、その兆候はないという。

一人称で気ままなことを言ってるようなのだけれど、
そういう自分自身も輪廻転生の発想をする方なので、
前世の時代に自分が今の人間になることを
予兆できていたという意識の置き換えは面白い。
ということは、この場合、次も人間になるということなのか、
それとも次の世に生まれて初めて
前世で兆候があったかどうかがわかるのだろうか。

他にも、気象オタクの「大統領の辞任」
愛する父さんのことを想う「更なる人生を」
裸の王様を思い出した「将軍」などが面白かった。

 
全体を通して、この本の前に読んだ
梶井基次郎の本と似たような感じだった。
なので、ちょっと食傷気味ではある。

次は、もう少し俗世的なのを読もうか。

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犬の人生
マーク・ストランド
村上春樹 訳
中央公論社 1998年


2017年1月8日日曜日

読了メモ「梶井基次郎 小説全集」梶井基次郎



読了。

「檸檬」を読んだのは中学生の頃だったと思う。
鮮やかなレモンイエローのことしか覚えていなかったが、
今回、読みなおしてみて、
丸善の雑多な色のなかに置かれた檸檬の色が
そしてその紡錘形の形が、
ひときわ際立っていたことがとてもよくわかった。

短編小説21編がおさめられているが
小説とはあるものの、どれもストーリー性を感じない....
といったら怒られるだろうか。
むしろ、写生というか投影というのか
そこにある色合いや情景を思い浮かべることが多い。
田んぼや山の峡間に広がってぼうとしている除蟲燈。
夕暗に浮かんで見える濃い白粉の顔。
両の掌の中で美しい灯をはなつ蛍。
雨後に窓を開け放って走り去る電車の中の美しい人。
遠くまで続く情景、目の前の細やかな色彩、
まるで絵を見ているような感じだ。


そんななかで、ちょっと異彩な印象を持ったのは
「ある崖上の感情」という作品。
一言でいえば、「覗き」なのだけど
人はある隔絶された状況をたてにして
自他を全く相容れようとせず
さらにその深みから抜け出せないようなことを書いている。
これって、そういう状況に知らず知らずのうちに
陥っていることってあるなと。
そのことに気づけばまだいいのですが
永遠と気づかない場合もたぶんあるように思う。

と、多少息が苦しくなるような話もあるけれど、
21ある小説の中では、「檸檬」はもちろん
「城のある町にて」などが好き。
綺麗な情景描写がいいのです。

それと、本書は漢字が旧漢字のまま。
読むのに難儀はするけれども、
その漢字の読み方にまた味があってよいです。

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梶井基次郎 小説全集
梶井基次郎
沖積舎 2007年


2017年1月4日水曜日

読了メモ「鳥人大系」手塚治虫



読了。

2017年最初の読了メモは漫画です。
酉年にちなんで鳥の本。

手塚治虫の短編SF擬人化漫画集。
栄華を極めた人類の文明が滅び、
替わりに鳥達が世界を支配している様が
18話の漫画になっておさめられています。

鳥が人間のように言葉を話し、火も使う。
組織を作り上げ、社会を築き、モラルと法の下に秩序を保つ。
この世界で人類は絶滅しているわけではありません。
牛や馬と同じ家畜レベルにおかれています。
地面を走り回っているだけで、空も飛べないのは
下等な生き物だということなのです。
過去の栄光はかすかに伝説程度で知られているくらい。

もちろん、飛べない鳥もなかにはいます。
それどころか、羽毛の色艶、容姿、生まれ育ちなどで
鳥の世界にも差別が生まれています。

ある話の中に、異なるカースト間で恋に落ちる二羽の話がありました。
最後に二羽は追われて死んでしまうのですが、
発見された時の姿は、お互いの羽を全部抜いて死んでおり、
どちらがどちらだったか、区別がつかなかったとか。

もっとも激しいのが食性による違い。
そこには食肉性の鳥達のよる闇の世界がありました。
本能や欲求に従うままに、同じ仲間の鳥を引き裂き、
卵を違法に孵化させて生まれたヒナを...。


漫画ですけれど、表現的にはなまなましく
かなりきついものがあります。
手塚治虫は鳥人の世界を通して人間を風刺していたわけなので
そのままひっくり返せば人間の世界そのものだということなのでしょう。
人間がその昔に残した科学技術の遺産に鳥達が触れて
核爆発が起きてしまうという話もありました。


そして最後は、この世の支配層としてふさわしい
鳥ではない次の種族が選ばれる。
それはなんだと思いますか。

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鳥人大系
手塚治虫
大都社 1976年

2017年1月1日日曜日

2017 元日



2年続けて喪中の正月を迎えております。
昨年もそうであったように、
どこかぎこちないながらも
いつも通りに家族で新年をむかえました。
おせちもお雑煮も、明るいうちからお酒もいただきました。
 
 
さて、2017年はどうすごすか。

大晦日に、思わず書いてしまったように、
2017年も気がついたら、きっとあっというまなのでしょう。
なにか特別なことができるわけでもありません。
自分らしさを活かして、できる限りのことを精一杯やって進んでいく。

そんな中で、一つでもいいから、
2017年はコレだったんだよなぁ
というものを見つけたい。

今年もよろしくお願いいたします。