2020年3月28日土曜日

読了メモ「傲慢と善良」 辻村深月



読了。

久しぶりの長編小説。
400ページくらいだったかな。
持ち歩くのが重くて大変だった。

さて、本書は「架(かける)」という40歳近い男性と
「真実(まみ)」という35歳くらいの女性が
婚活で出会い、見事に結婚式の日取りも式場も決まり
いい流れだと思ったところ。。。。。

突然の真実へのストーカー事件。
そして、真実が忽然と姿を消してしまう。
架はいろいな手を尽くし、あらゆるツテを使って
真実の失踪の手がかりを探る。

ここまで読んでくると、おっ、サスペンスなのか!
ストーカーは意外にもあの人なのか。。。
と思いきや。


いろいろな小説があるけれど、
本書ほど、タイトルと内容がマッチしている
小説はないなぁと感じた。
人間は一人一人異なり、考え方、心情のベクトルがバラバラ。
それでも、対面する相手にとって良かれと思って
とった言動が、あまりに一人よがりで
相手を傷つけ悩ませてしまう。結局は自分。
傲慢なのだ。

一方で、真面目に相手のことを思い
周囲のことに配慮しながら気を使う。
ただ、具体的な行動に移るとは限らないし
そこに必ずしも自分の意思はない。
善良さに満足する自分。
この善良さも一歩いや半歩ずれると
傲慢と取られるかもしれないだろう。


女性主人公の名前は真実(まみ)なのだが
何度も何度も真実(しんじつ)と読み間違えてしまった。
これも作者の意図なのだろうか。

小説は2部構成で、第一部は男性の架の視点から
第二部は女性の真実の視点から描かれています。

人間の心の奥底の澱を抉ってすくうようなストーリー。
人間ってそんなことまで思うのだろうか、考えているのだろうか
そこまで他者の目を配慮しなければならないのか。
と思わせるお話でした。

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傲慢と善良
辻村深月
朝日新聞出版 2019年

 


2020年3月21日土曜日

読了メモ「うまい酒が飲みたい」 橋本憲一

本記事は、2015年にキュレーションサイト「iftaf」に掲載したものに
加筆・修正を加えて当ブログに再掲載したものです。




読了。

石川県の「菊姫」という酒をご存知だろうか?
自分は残念ながらまだ飲んだことがないし、
患った持病のため、もう一生、酒を飲むこともないだろう.....(涙)


この本は、京都の料理屋「梁山泊」の主人が
菊姫の地を回って、蔵元やそこにいる杜氏、蔵男たちから
話を聞き、寝食を共にしながら
うまい酒とは何かを追い求める話。

酒の作り方すら知らない自分にとって
本書は、山廃や速醸、蒸米や麹、モト(酒母)といった
専門用語も簡単に解説してくれたので理解も進んでありがたかった。


もちろん、酒の作り方とか、どんな米がいいとか
そういう話だけにとどまらない。
長い酒の歴史の中で、課されてきた税金(酒税)が
酒の業界を駄目にしてきたとか、
味を大きく左右する水に対する執拗なこだわりや、
杜氏や蔵男の後継者問題などに渡る。
いずれも深刻な問題なのだ。

ただ、不思議だったのが
ここの蔵元も杜氏も酒を嗜むことをしない人たちだということ。
そんな人たちが、うまい酒を作っている。
作り手側として、酒の味や香りを熟知し共有し、
微妙な工程の目盛りを掌握しきっているということなのだろうか。


酒を、甘口、辛口という基準で評価する時代は過ぎ、
穏やかな酒、厳しい酒と区分けする時代になるとあった。
また、酒を飲むことは、その酒の生まれた谷の水に会いに行くことだそうだ。
そして、よく言われる「キレ」「喉越し」「コク」とは。。。。
いやはや奥が深くて、なかなか酒の姿に追いつかない。

つまるところ、うまい酒とは一体どういう酒なのか。
それは「酒のうしろに人の見える酒」なのだそうです。


.......う〜む、まだまだまだまだですね。
もう酒は飲めなくなってしまいましたが、
プロローグにあった吉祥寺のお店に行ってみたかったなぁ。


本の半ばあたりに、酒蔵や杜氏、蔵男たちの写真が
モノクロで挟まっています。この雰囲気もまたよいです。
杜氏の顔の皺が全てを物語っているようで
まるで酒を見ているようで最高です。

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うまい酒が飲みたい
橋本憲一
晶文社 1988年


2020年3月15日日曜日

読了メモ「貧乏入門」 小池龍之介



読了。

著者はお坊さまである。
だからと言って、質素な生活を送れて当たり前だ
と思ってしまうのはやや早計。

本書のサブタイトルには

 あるいは
 幸福になるお金の
 使い方

とある。

お金のない貧乏人になりましょうなんて誰も思わないので
本のタイトルを副題と入れ替えた方がいいのではないだろうか。

物が豊に溢れる現代、
我々は余計な物を持ちすぎているという。
使っていない物は捨てるべし。
粗悪なものに安いからと飛びつくのではなく
本当に必要なものにお金を惜しまず出して
大切に使っていくべきだと問う。
それが貧乏臭くならないコツ。充実した貧乏の練習。

物がありすぎると心にノイズが発生して
幸福感を得られないとのこと。
精神的余裕があると心はお金から自由になれる。
お金があってもなくても幸せで分相応に行きていく。
そういう心持ちを持つことが大切だと。
つまり、欲望をコントロールしていくことがテーマ。

では、どうすればいいか。
そこは、お坊さまらしく、仏道的集中力を高めるということ。
集中により、五感を研ぎ澄まし心の幸福感をつかむこと。
快感を求めるあまりに、ドーパミンが出っ放しの
興奮状態ばかりでは疲労と錯覚だけが残り
邪悪な集中で幸福感は得られないという。

裏を返して、一言で言うと、
ケチることじゃないんですよ。

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貧乏入門
小池龍之介
ディスカヴァートゥエンティワン 2009年


2020年3月7日土曜日

読了メモ「イカ干しは日向の匂い」 武田 花



読了。

著者は、写真家であり、
「富士日記」で有名な武田百合子さんのお嬢さん。
もちろん、私よりずっと年上の方です。

お母さまの百合子さんの作品は何冊か読みました。
好きな文章家のお一人です。
さすがにそのお嬢さんだけあって、
本書を読むと情景や漂う空気が脳裏に染み込んできて
なんというのか、とても心が落ち着きます。

主に日本の小さな田舎やちょっとひなびた市街地を訪れ
そこでの一両編成のローカル線に乗ったり、
名産品なのかわからないけど街の人にすすめられて食べ歩きをしたり、
お爺ちゃん、お婆ちゃんたちとの会話、
有名な観光地でも一本内側の裏通りを散策したりと
そんなゆっくりとした時間が流れるエッセイです。

一方、都会の話もあります。
代々木公園で酔い潰れた青年を助けて、
警察や救急車まで呼ぶのですけど
その青年は、懲りずに公園の別の宴会に
潜り込んでお酒を飲んでいたりする。
明日はバイトで朝が早いのにと叫んでいたくせに。


そして、ふんだんに使われている
花さんが撮られたモノクロ写真がとてもいい。
街の片隅にたたずむ猫たちの写真が多くあり、
古い街並みや、廃れた商店街のアーケード
廃墟の前に停まっているシボレー、
空き瓶、提灯、看板の落ちかけたお店、
いや〜、なんとも言葉では言い表せない
その街々の雰囲気が確かにあるのです。

タイトルにある「イカ干し」はスルメイカのことだそうです。
本書のどこかに、くるくる回るイカ干しの写真があるので
手に取られた方は探してみてください。
きっと、日向の匂いがしますよ。

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イカ干しは日向の匂い
武田 花
角川春樹事務所 2008年


2020年3月5日木曜日

読了メモ「お伽草紙」 太宰 治




読了。

太宰さんの本ですけれど
もともとの内容は、古典や民話。
それを、太宰 治流に現代語訳してくれて
オリジナルな解釈をつけて
話を盛り上げてくれています。

井原西鶴の作品からの新釈諸国噺などは
単なる現代語への直訳というものではなく
どことなく人間とは何か
生きることはどういうことなのかなんて
テーマが浮き出てくるようです。

また、読んでいると五七調の語呂がよく、
黙読しているのに、口の中で
文章がコロコロと転がっていくようで
これもまた古典をベースにしながらも
読みやすくさせている要素です。


後半は、タイトルにもなっている
お伽草紙で、みなさんよくご存知の
瘤とり爺さん、浦島太郎、カチカチ山、舌切り雀
が連なります。

どれも面白い。
太宰さん特有の見解・解説が盛り込まれていて
子どもの頃に読み聞かされた話や
メッセージとはまた違う面を見せてくれます。
自分としては、浦島太郎が秀逸だったかな。

今まで思っていた太宰 治像を
またまた変えてくれた一冊です。

古典や民話がベースなので、
ちょっとクセのあるところはあるけれど
まぁそれはやむを得ません。
その分とても面白かったですよ。

お時間のある方は是非。

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お伽草紙
太宰 治
新潮社 2019年