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2016年2月9日火曜日

読了メモ「謝るなら、いつでもおいで」川名壮志




読了。

2004年6月に長崎県佐世保市でおきた「小6同級生殺害事件」

自分は読み始めるまで、正直、はっきり思い出せなかった。
凶器のカッターナイフというキーワードが目に飛び込むまでは。。。
加害者の女の子は、同級生の女の子を給食の時間に呼び出して
その首をカッターナイフで切り殺害した。

被害者の女の子の父親は、大手新聞社の佐世保支局長で
本書はその直属の部下である記者が書いたルポルタージュ。


前半は、自らマスコミに身をおきながら
間近におきた凄惨な事件に向かい合うジレンマがつづられる。
著者の勤務していた佐世保支局はビルの2階にあり、
真上の3階は支局長の自宅だった。
著者は被害者である女の子の普段の生活を知り、
言葉を交わし、ときには家族のように夕食を共にした。
遊びにくる友達のことも知っていた。
その友達の中に加害者の女の子もいたという。

著者は記者としてペンを走らせなければならないのだが、
仕事に専念すればするほど、自分のことを人でなしと追い込んでしまう。
先の見えない濃い霧のようなものが著者の前からなくならない。

中盤では、なぜこんな事件が起きてしまったのかを追う。
しかし、核心に迫りつつも明確な答えは見つけることはできない。
加害者である当時11歳の女の子の口からは何も聞くことができなかった。
それは、本人の性格や言動だけでなく、
このような事件を引き起こしてしまった子どもに対する
法律や社会の仕組みが影響をおよぼしていたのも背景にある。


最後は、事件に関係する3人の大人へのインタビューをまとめたもの。
その3人とは

 著者の上司でもあった被害者の父親
 加害者の父親
 被害者の兄


この章こそ本書の肝といえる。
当事者である彼らの微妙な心の変化、
複雑な思いが生々しく、大変貴重な記録でもあると思う。

それぞれの娘への思いを募らせ、自らを律しようとする
二人の父親の姿がそこにあるのだが
一歩間違えば崩れ落ちてしまいそうな脆さもみえる。

そして、最後の最後、お兄ちゃんの話はとても考えさせられる。
直接的な表現をとってはいないが、生きることの厳しさ、
その尊さを感じることができると思う。
このお兄ちゃんのパートは是非多くの方に
読んでもらいたいと思うほど。
彼の言う「普通に生きる」という言葉に確かに甘えはない。
本書のタイトルも、お兄ちゃんが加害者に対して発している言葉だ。


被害者は12歳で命を絶たれたが、
加害者の女の子は、もうすでに大人になっている。

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謝るなら、いつでもおいで
川名壮志
集英社 2014年
 



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