わくわくする話であるが、話は淡々と展開される。
現生動物であってもDNAの複製を作ることがいかに難しいかを説明してくれる。
また、そもそも論として本当に正しいことなのかという議論も続いている。
また、そもそも論として本当に正しいことなのかという議論も続いている。
読了。
林太郎さんの作品を読んだのはずいぶんと久しぶりのことだ。
読み直してみると綺麗な文章で読みやすく
情景の湧き出るような自然な筆運びに気付かされる。
こんな文章だったけと思い直すほど。
やはり中高生の時に読むのと大人になってから読むのとでは
感じ方が全く変わってくる。
お話は、上野、池之端、不忍、本郷、根津の辺り一帯で
いわばご当地小説とでも言おうか。
さまざまな地名が出てきて妙なリアル感がある。
お話は学生の僕が語る、
友人の岡田、それと相慕う仲となるお玉という女性のこと。
たいへん美しい女性だが、高利貸しの妾だった。
お玉が妾になる経緯も如実に触れられており、
それが後に係る岡田と大きく対比されて
お玉の悲哀さに一層の拍車がかかる。
将来を嘱望された医学生とはかけ離れた世間に住んでいるのだ。
そんな二人は往来で図ったように見合わせては
顔を赤らめるようなじれったさを見せる。
お玉の飼っている紅雀の籠を襲った蛇を
岡田が退治する事件も起きて
急接近するところなどはドキドキしてしまう。
二人は再び往来で顔を合わせるが
その時、岡田はドイツ留学が決まっており
とうとう結ばれることはなかった。
大人になって、こういう作品を読むのはいいですね。
夏目さんも芥川さんも、新しくは太宰さんや三島さんもいいけれど、
林太郎さんもいいです。
まだまだ、読んでいない作品がたくさんあるので
楽しみはつきない。
一人の作家の作品がコンパクトにまとまっている
この「ちくま日本文学」シリーズ。
実は初めてだったがとてもよかった。
まだいくつか積んであるので楽しみである。
30歳前後で結婚2〜3年であろう夫婦のエッセイ。
書き手は、詩人で国語教室を主宰している奥様。
なんとも微笑ましい。
日々日常の些細な所作の一つ一つに二人は解釈を加え、
その度に二人の言い分は食い違う。
二人は全くの他人だから、今後のことを予測してもしようがない。
これまでがこの先も続くほうに覚悟を決めて賭けてみるという。
こうしてお互いの信頼が築かれていく。
とても仲の良い二人であることがよくわかる。
文章の表現や言葉の選び方が背伸びをせずに等身大で
素直に口を出てきた感じがして好感が持てる。
読んでいるとなぜかTARAKOさんの声が聞こえてきそうな感じがする。
エッセイの合間には、詩も挿入されており
これらの普通な空気感もとてもいい。
身近な感覚でどことなく懐かしい感覚さえおぼえたりするところもある。
「いちばんふつうの家のカレーが好きなんだよね」
では、食事に愛を込める云々という話と
料理にいろいろ工夫をこめて最高の味になった話の
微妙な感覚のズレが面白かったし、
「熱が出ると」
という詩などは、臨場感もあって
読んでる側の手が熱くなる感じを覚えるほど。
自分が同じ年齢だった頃はどうだったかな。。。
ふと思い出そうとしちゃいました。
おりしも、オッペンハイマー博士の映画を鑑賞し
テレビで下山事件の特集番組を観たが
本書の時代背景と共通する大きなうねりがあると感じた。
それは一体なんだろうか。。。
なお、本書の原題は下記の通りで
米国でも数々の賞を受賞したノンフィクションなのでした。
EMBRACING DEFEAT
Japan in the Wake of World War II
読了。
「柳湯の事件」
「途上」
「私」
「白昼鬼語」
の4編からなる。
いずれも短編だが存分に楽しい。
なにせ、あの江戸川乱歩が影響を受け、
アガサクリスティの数年先をゆく作風であったりもするわけで。
実際、本書を読むきっかけとなったのは
江戸川乱歩の「D坂の殺人事件」に二話目の「途上」が引用されていたから。
いずれの作品も、その世界に引き摺り込まれていくように読んでしまう。
精神が異常とも思える人物たちやその妄想、
探偵に問い詰められ切羽つまる心持ちや
独特の妖艶な佇まいを醸し出す描写にとっぷりと浸り込んでしまう。
そして、凄惨な殺人現場かと思いきや、実は、、、というのも面白い。
ミステリーは、そのトリックや謎解き推理を楽しむ向きが多いと思うが
この谷崎潤一郎の怪しい世界を覗き見するのも一興というものです。
おすすめです。是非!!
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谷崎潤一郎
集英社 2020年