2020年5月24日日曜日

読了メモ「ユーミンの罪」酒井順子

本記事は、2015年、某キュレーションサイトに掲載したものに
加筆・修正を加えて再掲載したものです。




読了。

昔、歌をよく聴いていた女性歌手は?

という話題になる時がある。
アイドルだったら、キャンディーズ(ミキちゃん派!)とか
小泉今日子とかの名前が出てくる。
もっと遡ると南 沙織とかも好きだった。

でも、それなりに大人となって、
気づいたら、なにげに流れてたのは、
ユーミンだったことはあるよなぁと思うのです。

と、そんな話はどうでもよくて.....。


本書は「ひこうき雲(1973年)」から「DAWN PURPLE(1991年)」まで、
ユーミンの20枚のアルバムをピックアップ。
収録されている曲の歌詞を引用しながら、
聴いていた世代、著者らしく女性の視点での当時の思いや
時代背景について書かれています。

各章の扉には、アルバムの発売年に起きた事件や出来事が書いてあって、
へぇ〜あの時の曲なんだと気づいたり、
その時に自分が何歳だったかとかいろいろ連鎖的に思い浮かべたり。


なかには、ドキっとするコメントがありました。

「PEARL PIERCE(1982年)」の章で

  当時の男性はその歌の真意に気づかず、
  ただ流行のお洒落ソングとして聞き流していたかもしれない。


というところ。
実は、これと全く同じことを、実際に女性から聞いたことがあったりするんです。
怖い.....。


この本を読むのは、正直忙しいです。
なぜかというと、歌詞がたくさん出てくるのですが
活字だけだと、すぐにメロディを思い出せず、
イライラして、曲を再生して確認しながら
読みすすめることになるから。




==========================
ユーミンの罪
酒井順子
講談社 2013年



2020年5月16日土曜日

読了メモ「人生を変えてくれたペンギン 海辺で君を見つけた日」 トム・ミッチェル



読了。

表紙はマゼランペンギン。かわいい。
舞台は、アルゼンチン。
主人公であり著者のトムがこのペンギンと出会うのは
隣国のウルグアイの海岸。
そこから越境してアルゼンチンへ行く。

そうなんです、このお話ってノンフィクションなんです。
「かもめのジョナサン」のペンギン版かなと
小説をイメージしていたのですけれど、
事実は小説より奇なりを地で行くドキュメンタリーなのです。


トムは、ウルグアイの海岸で、
海に流出した重油を浴びて真っ黒になって
海岸に打ち上げられたペンギンの死骸の山の中から、
かろうじて息のあったペンギン一羽を助けます。

ペンギンが抵抗をしたのは最初だけ。
風呂場で油を洗い落とし、丁寧に顔を拭いてやり
市場で買ってきた新鮮な魚をあげると
トムにすっかり心を開きます。
疲れると、トムの足にもたれかかって
眠ったりする姿がとてもかわいい。

トムは学校教師の仕事の都合でアルゼンチンに
いかなければならないのですが、
そのためには飛行機にのり、税関を通らないといけません。
トムの奮闘ぶりをよそに、ペンギンは奇声をあげて見つかり
はてさてどうなることか。

アルゼンチンでは、学校の屋上に
トムはペンギンと住むことになり、
ペンギンも生徒たちと友達になり、
一緒にプールで泳ぐようにもなります。
ここにもちょっとしたドラマがあるんですけどね。

しかし、別れは突然としておとずれます。

ウルグアイの海岸でペンギンを助けたことが本当によかったのか、
一緒に連れてきてよかったのか
トムは頭の中でいろいろ考えますが、ペンギンとの思い出がいっぱい。


ある日、ブエノスアイレスの水族館で、
ペンギンの飼育部屋にトムは入れてもらいます。
ペンギンたちはざわめきますが、
その中で、一羽だけ種類の違うペンギンが
ヨチヨチとトムに近づいてきてトムを見上げます。
さも、お腹を掻いてくれない? といわんばかりの顔で。
トムは飼育係から教えられました。

ペンギンは仲間がいないと生きていけない動物なんだそうです。


========================
人生を変えてくれたペンギン 海辺で君を見つけた日
トム・ミッチェル 矢沢聖子 訳
ハーパーコリンズ・ジャパン 2017年



2020年5月9日土曜日

読了メモ「ひのまる劇場」 江口寿史



読了。

へへへ、たまには漫画も読むんだよ〜
コミックなんて、しゃれたもんじゃないよ。
漫画です。漫画。れっきとしたギャグ漫画!

「すすめ!!パイレーツ」と
「ストップ!!ひばりくん!」の
ちょうど間の作品。
途中から、主人公が誰だかわからなくなっちゃうやつです。
白智小五郎と戸田光国が主人公なんだよ。


ここのところ、江口さんのポップなイラストに関しては、
リアルワインガイドのカレンダーや
展示会の図録に、イラストブック、
最近出たレコードジャケットイラスト集
そして、ジーパン女子のTシャツまでおよびましたが、
今回は、久しぶりの先ちゃんギャグに
一人でクッククック〜クッククック〜と笑い続けさせていただきました。
笑いはよいですね。健康の源です。

今の世代に通じるのかどうかわからないけども
国際馬鹿(うましか)事務局認定のフールマークとか
ヤンキーな子分たちのやたら長くて下品な名前とか
くどいほどのギャグの繰り返しとか
懇切丁寧な脇の説明書きとかが
もう可笑しくてしょうがない。

ひばりくんは、すでに何回か読みなおしてしまっているので、
次、読みかえすならパイレーツかな〜。

ちなみに、「白いワニの栞」なんてのも、持ってます。
ネタ切れの幻覚ではありません。

========================
ひのまる劇場
江口寿史
イースト・プレス 1995年

2020年5月6日水曜日

読了メモ「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」村上春樹



読了。

Stay Homeという掛け声の下、
今年のGWは、がまんのウィークという呼びかけの下、
みなさまにおかれましては、どのような連休をお過ごしでしょうか。
自分は、ご多聞にもれずひっそりと蟄居しております。
結果、運動不足のため、足が浮腫んで毎日マッサージに余念がありません。

こんなどこにも出かけられない連休の時は、
長編でも読みましょうかねということで
本書を選びました。618ページ。

村上先生お得意の(?)並行する二つのお話があって、
また導入がいきなりな設定すぎて
それでいやんなっちゃう人もいるんだろうなと思いつつも
読み進めていくと、この世界観からは
なかなか抜け出せなくなります。

しっかりと、途中で伏線もあるし、
最後はこうなるんだろうなと思わせる節を
読み取っていくのも面白いかもしれません。
単に、自分が混乱しているだけかもしれませんが。

羊に比べると一角獣は端正で美しく、
清楚なイメージがあります。
そもそも、想像上の動物ですが、
雪の中を足を折り曲げて座り込んでいる姿は
どこか高貴で尊い印象を受けます。
その一角獣の頭骨が並んでいる様を
心落ち着いて読めるのがなぜか不思議です。

暗闇がやたらに多く、蛙、怪魚、押し寄せる水、
得体の知れない「やみくろ」、悪役の記号士二人組、
地下鉄銀座線に通じる下水道など
冒険心をくすぐる要素はふんだんで飽きさせません。
一方で展開される壁の中のお話では、
切り離された影との会話が好きです。

お話のキーとなるのは図書館なんだと思います。
二つのお話に共通する唯一の事象は図書館。
自分も図書館は大好きですけれど、
今は、どこも閉館。しばらく開きそうもありません。
やれやれ、寂しいな。

========================
世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド
村上春樹
新潮社 1986年




2020年4月25日土曜日

読了メモ「魯山人の食卓」北大路魯山人



読了。

陶芸家で画家でと様々な肩書きを持ち
そして美食家としても有名な著者の日本料理に関するエッセイ。

エッセイのメニューとしては
 寿司
 魚(鮪、初鰹、鮎、鰻、河豚)
 鍋料理と雑炊
 茶漬け
 日本料理の基礎観念
そして最後に、魯山人語録と続く。


全編を通して、自身たっぷりの言い切りっぷりが気持ちいい。
ここまで言い切られると本当に
厳選された質のよい材料で作られた料理を食べたくなる。
ただし、その世界に入るにはなかなか厳しそうだ。

貧しい者には貧しいなりの料理
富裕な者には富裕なりの料理があり
それぞれは相入れないものであるとか、
食器は料理の着物であり、相応しい器があってこそ
料理になるという。

また、鰻にしてもスッポンにしても
ただ太らせる養殖よりは、天然ものがよいのだが
養殖でも適切な餌を与えることによって
味が全く変わってくる。
しかしコストの関係でなかなかそうはいかない。

よだれが出そうになったのは雑炊のところで、
納豆雑炊なんてのも紹介されていた。
他のメニューは恐れ多いけれど、
これなら自分でも作ってみようか!なんて気にもなる。


商業料理は儲けが一義で、どうしても料理は二義になってしまうことを
憂えながら、魯山人語録の一番最後の言葉が染みる。

 家庭の料理、 〜 中略 〜、そこにはなんらの思惑がはさまれていない。
 ありのままの料理。それは素人の料理であるけれども、一家の和楽、団欒が
 それにかかわっているのだとすれば、精一杯の、まごころ料理になるのである。
 味噌汁であろうと、漬けものであろうと、なにもかもが美味い。


ところで、鰻の蒲焼ですけど、蒸す工程が途中に入る東京風と
直焼きの上方風のどちらがお好きですか。
魯山人先生は、断じて東京風だと言って譲りませんけど。

=======================
魯山人の食卓
北大路魯山人
角川春樹事務所 2004年


 

2020年4月23日木曜日

読了メモ「昆虫記」アンリ・ファーブル




読了。

貴方も子どもの頃に読んだことがあるのではないでしょうか。
かくいう自分も読んでおりまして、「再読」です。

ただ、その時と大きく違うのは
翻訳と解説が、理学博士の方だったのに対して、
今回は、翻訳が、詩人の大岡 信さん、
解説は、歌人の俵 万智さんという布陣なのです。
そうなってくると
ある種の先入観みたいなものが働いて
なんか、理科系の本を読んでいる気がしないのでした。

やはり一番面白かったのは
フンコロガシ(オオタマオシコガネ)の話でした。
コロコロと糞の玉を後ろ向きで押し転がしたり
横取りする輩がでてきたり
卵を産みつけるために糞の玉を洋梨型に細工したりと
目の前でフンコロガシが奮闘する様子が目に浮かぶようでした。

クモの子どもが糸を出しながら高いところに登って、
空を飛んでいくところの話なども、なぜか郷愁を誘いました。


上巻に、セミ、コオロギ、カマキリ、コハナバチ(ミツバチ類の総称)、
オオタマオシコガネ、キンイロオサムシ、
下巻に、シデムシ(埋葬虫)、ツチスガリ、キゴシジガバチ(共に狩人蜂の一種)、
オニグモ、ラングドックサソリ(地中海沿岸/アフリカに生息)

が登場します。
下巻の昆虫(昆虫ではないものもいます。わかりますよね)のほうが
イメージ的にダークな感じですが、
ファーブルの根気強い観察と実験によって
昆虫たちの生きる力強さ、自然の巧みさがキラキラと光っていて
小さいけれど地球の生態系が目に飛び込んで来るようです。


全ての話に子孫を残すための昆虫たちの必死の営みが描かれています。
カマキリが交尾の後に、メスがオスを食べてしまうのは有名ですが
同じような生態をもった虫が他にもいるのですね。

次世代を残すこと、遺伝子を伝えていくことが
誰にも侵すことのできない尊いものであることを
感じることができました。

うむ、人間でよかった。

=========================
昆虫記
アンリ・ファーブル 大岡 信 訳
河合書房新社 1992年


2020年4月12日日曜日

読了メモ「ちいさなかみさま」 石井光太

本記事は、2015年に某キュレーションサイトに掲載したものに
加筆・修正を加えて再掲載したものです。




読了。

心の中のロウソクのような灯火。
希望、夢、勇気と名付けるこれらを
「ちいさな かみさま」と呼ぶ。

で始まるショートストーリー集。


病床に伏した少女が貧しい国々の子供達の純粋な笑顔に支えられる話、
事実とは異なるのに、過去は美化されていくものなので
よい記憶のままで留めさせてあげたいというニューハーフの話
戦友の死について、遺族の気持ちを思うあまりに嘘をつく話
公園で遊ぶ赤ちゃんのために友達の行動を戒める小学生たちの話
死の床にある患者は、家族のためにどうすればいいかを常に考えているという話
などなど。。。。

装丁にもある今日マチ子さんの
やわらかくてやさしいイラストも添えられていて
どの話も心に安らぎをおぼえ、穏やかな気持ちになれます。
 
いろいろなかみさまが出てくる本書を読んでいて
もしやと思ったのですが、全てノンフィクションなのです。
ノンフィクションって、いつも著者や出てくる人たちの実体験に驚き、
どうしたらこんな経験や感動を抱くことができるのだろう、
きっととてつもない行動派な人たちなんだろうなどど
時には羨望にも近い思いを持ってしまうこともあるのですが、
もしかしたら、冒頭にあったように
一つ一つの出来事は、灯火のように小さなことで
自分の身の回りにも実は起きていて
鈍感な自分は気がつかないだけなのかと思ってしまいました。

小さなことでも、地味なことでもそれをきっかけにして、
人を思うことの大切さ、暖かさということを
感じていくことができればいいなと思うばかりです。

そんなことを読後にしみじみと思った本なのでした。

=============================
ちいさなかみさま
石井光太  今日マチ子 絵
小学館 2014年