2020年8月26日水曜日

読了メモ「文化系女子という生き方 『ポスト恋愛時代宣言』!」 湯山玲子



読了。

サブカルのあるある系の本ではあるが、
やけに理屈っぽくて、私のようなおじさんには
ふ〜ん、そうなのかねぇ〜と思うところもあれば
なるほど、そういうことなのかぁ と変に感心するところがあったり。

「とうとう、女性が恋愛から逃げ出し始めました」
と始まって、年齢を問わず女性が
あらゆる文化教養の領域に踏み込んでいくというお話。
歴史上からは、与謝野晶子や林芙美子がその筆頭にあげられ
彼女たちの二項対立ではない、相互補助的な
人間関係の深さを学ぶべきではないかと説いています。

また、日本における少女文化の最大級の成果は
少女漫画にあるとして、学園恋愛ものから
SFや果ては同性愛や今やBLに至るまで、
文学的ストーリーと洗練された絵で表現された
世界は驚嘆に値すると。。。。あっ、BLは少女漫画ではないか。
一方で、ポプラ社が出した少年探偵シリーズや
怪盗ルパンシリーズは、男の子ばかりでなく女の子も
夜の闇の世界、大人の背徳感のある世界に連れて行ってくれたと。
自分もポプラ社のこれらのシリーズはほぼ全巻読みましたよ。

この後、ユーミンの話が出てきたりもするわけですが、
ただ、気を付けなければならないのが
世の中、出世やブレイクのためのハシゴを外されることは多々あるということで
年齢を重ねるにつれて、自ら進化して、思いつきから脱却して、
キャラを利用しない本格的なものになっていかなければならない。
ただし、それをできる人はなかなか少ないらしいということだそうです。
面白い子がいるんだよという言葉には要注意。
リア充を手に入れることはなかなか難しいことのようです。


そんな話を読んだり聞いたりしていると
じゃ、リケジョはどうなのよ!とか
草食の男はどうなるんだ?という話になりそうですが
そういうお話は、宴の席でみんなで盛り上がってください。

私はお酒が飲めませんから、聞き役に回りますので。

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文化系女子という生き方  『ポスト恋愛時代宣言』!
湯山玲子
大和書房 2014年
 

2020年8月16日日曜日

読了メモ「ラッキーマン」 マイケル・J・フォックス



読了。

著者は、映画「Back to the Future」の主演俳優。
彼の自叙伝だが、華々しいハリウッドスターの
レッドカーペット上の話ではない。
ご存知の方も多いかと思うが、
彼は若くしてパーキンソン病に冒されてしまった。
今、彼は同じ病気に悩む人たちを助ける財団を立ち上げ
モハメド・アリなどと一緒になって
政府の公聴会でこの病気の証言をするなどの活動をしている。
スター俳優として、妻や子どもたち、信頼のおける医師、
セラピスト、一部の仕事仲間の支えをうけながら、
この病気に立ち向かう闘病記でもある。

一時期は自暴自棄になってアルコール依存症も併発させてしまう。
そして、なんと、彼は七年間も、病気のことは伏せて
俳優活動を続けてきたという。
もちろん、薬で症状を押さえ込んできたのだが
服用するタイミングを少しでも間違うと
体が自分の言うことを聞かなくなり、勝手に動き出す。
とても撮影どころではなくなる。

したがって、時間管理がしっかりできないと
俳優活動ができないわけだが、撮影が深夜に渡ったりと
時間が不規則になりがちな映画活動よりも
時間管理のしやすいテレビドラマにシフトしていくことになった。
これには先述した人々の理解や支援が大きな力となった。
頭にドリルで穴をあけるという脳の手術も行った。
手術そのものは成功に終わったが、病気が完治したわけではない。

本人の最大の悩みは、観客とのことだった。
お客様でありフアンでもある観客に対しては
このまま隠しおおせることでいいのか。
観客との関係をはっきりできないままへの恐れから自由になりたい。
という最後の葛藤を解き放つべく
自らの病についての公表を決意する。
公表した時は、街中の新聞・雑誌の一面、表紙は
彼の写真と病名で埋め尽くされたそうだ。

パーキンソン病は進行性の病で
彼の体は完治するすることはないであろう。
それでも、家族をはじめ周囲の関係者の理解と協力を得て
彼なりの活動を続けていられることに
自らをラッキーな男だと言って本書を締めくくっている。


マイケルが持つ人間性、周囲の人への配慮が満ちて
ぐいぐいと読み込ませられた一冊でした。
途中、パパの指の震えを押さえ込もうとする
幼い息子サムとの会話が涙を誘います。


では、最後はお約束で、映画のワンシーンをどうぞ。


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ラッキーマン
マイケル・J・フォックス  入江真佐子 訳
ソフトバンクパブリッシング 2013年


2020年8月13日木曜日

読了メモ「転がる香港に苔は生えない」 星野博美



読了。

今、まさに、渦中の香港だが、
タイトルにやや微妙な感じを覚える。
逆を言えば、苔が生えている国が他にあるということか。
本書を読めばそれはどこかわかる。そこは「さざれ石」のある国だ。

本書は香港が中国に返還された1997年7月1日を挟んで二年間、
現地で市民と一緒のレベルで生活をした
女性ノンフィクションライターによるルポである。
自分自身、返還前に仕事で香港を訪れたことがあったり、
香港返還のレポート作成をしたりと何かと関わりがあったが
やはり本当の香港の姿は見ていなかったんだなと痛感する。

本書に記されているのは、香港人の凄まじいまでの自由さと合理性であり、
自分が見聞したことは美味しいスープの上澄みの部分だけで
大陸からの移民と、人脈・友人関係からなる互助の世界、
なんとしてでも香港社会で生き延びていこうとする市民の生活力が実に逞しい。
著者が住んだ部屋の様子などみると
よく女性一人で生活ができたものだと感心を通り越して驚愕にすら値する。

本書の中で、香港人は、そもそも五十年間も不変でいられるはずはないと言い切っていた。
今の中国からの圧力のことを予知していたとも言えるし、
そもそも香港は常に変化して生き延びて発展してきたバイタリティ溢れる土地だからだ。

返還時、「一国二制度、五十年不変」が謳われたが、
すでに、97年返還時に香港の自由は奪われたと嘆く声もあった。
それは、自由にものが言えなくなるということだった。
本書にあった市民の声を拾ってみる。


  自由な社会とはたくさんの声で成り立つものであり、 
  どんな意見でも言うことができて民主的で開放されていること。 
  それこそ社会が発展する最低の条件であり、 
  違う意見を受け入れない社会は発展しない。

  国家を率いるのは民主的統治なんだ。

  なんとなく民主的ってムードが怖い。


著者はこうも言っていた。
香港のことに心配しそうな顔でもしようものなら、
「自分の心配でもしてな!」と香港人の怒鳴り声が飛んでくるだろうとのこと。
日本は、昔と比べたら外国人や異文化と接する機会は増えているが
逆に閉鎖的な方向に向かってはいないだろうかと。
単一性の方が楽だからだろうか。
多様な文化と接してこそ、自分たちの誇りは意味を持つ。
苔を生やしてじっとしている場合ではない。

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転がる香港には苔は生えない
星野博美
文藝春秋 2006年


2020年8月4日火曜日

読了メモ「ホテルローヤル」 桜木紫乃



読了。

確か、直木賞受賞作だった。
いつも読み始めた後で気づく。

装丁やタイトルからもわかるとおり
ラブホテルの話です。
ところは、北海道、釧路湿原。
七つのお話からなる短編集。

読み始めて、おや?っと思うのは、
最初のお話は、もはや現役ではなくなったホテルローヤル。
すでに廃墟となったホテルローヤルのお話。

そう、七つのお話は時間を遡って語られていきます。

ラブホテルのお話なので、
それなりな男女が出てくるお話ばかりと思いきや
売れないカメラマン、お坊さまとご遺骨、
舅と同居で生活の苦しい中高年夫婦、
ホテル掃除のパートのおばさん、
そして、最後は、ホテルのオーナーが
どういう経緯でホテルを建てるか
ネーミングはどのように決まったのか。
などがつづられていく。

どれもお話が切ないのだ。
ラブホテル自体が、もともと影のイメージがあるところへ
しょっぱなから朽ち果てた廃墟の話から
始まるものだから、余計に登場人物の思いは儚く
男と女の関係も何かやりきれない人生の隅っこを
歩いている感じがする。

ひとりひとりの人間って、必ずしも盤石で強いわけでもなく
ちょっと突っつくとポロっと崩れちゃうような
カゲロウみたいな弱いところがあるんだなと思わせます。

でも、読むと、人に対して優しい気持ちに
きっとなれる一冊だと思います。

どうやら、今年の11月に映画が公開されるみたいですね。

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ホテルローヤル
桜木紫乃
集英社 2013年
 



2020年7月24日金曜日

読了メモ「ペスト」A・カミュ




読了。

学生時代に何度か挫折した作品です。
結局、あの頃は最後まで読みきれなかった。

しかし、今、世界中が疫病禍にあって
今こそ読破する機会なのではとチャレンジする気になり
先ほど、読了いたしました。

現在の新型コロナとペストを比べて脅威がどう違うのかはわかりません。
感覚的にはペストの方が怖い気がするけど。
ペストはネズミが宿主でノミが媒介するんですよね。
でも、ヒトからヒトへの飛沫感染もあるらしいです。
鼠蹊部や脇の下、首のリンパ腺が腫れ上がり高熱を発する。
肺に転移するペストもあるそうです。
高校の世界史の授業でも、十四世期頃にヨーロッパを中心に
ペストが黒死病として猛威を奮い多くの死者を出したことを習いました。


本書も、冒頭から大量のネズミの死骸が発見されることから始まり、
いきなり暗い雰囲気に満ちてきます。
主人公のリウーという医師が記した形式になっていますが
治療のためのスペクタクルが展開されるという話ではありません。
どちらかというと、患者と医師、その近しい人たちと
ペストとの不条理で孤独な戦いが描かれています。

当然ながら、ペストが発症した街は完全に封鎖されます。
今でいうロックダウンっていうんでしょうか。
鉄道ももちろん止まります。
往来を走る車も出歩く人の姿も少なくなっていきます。

たまたま街に来ていただけで、発症していない人も
街の外には出られません。
この街は周りが高い壁で囲まれているので
街と外界の出入り口は限られており、
そこの門番と外に出たい人たちとの間で
切実ながらも冷血な応対がなされたりします。


本書の中には、今、我々がおかれている状況にとっても
大切なメッセージが出ていると思うので引用してみます。
 
 あまりにも多くの人々が無為に過していること、
 疫病はみんな一人一人の問題であり、
 一人一人が自分の義務を果たすべきであること、を言った。

 ペストの中に離れ小島はないことを、
 しっかり心に言い聞かせておかねばならぬ。
 
 人間は犠牲者たちのために戦わなきゃならんさ。
 しかし、それ以外の面でなんにも愛さなくなったら、
 戦ってることが一体なんの役に立つんだい。

などなどである。
いかがであろうか。

幸いにもペストは終息に向かう。

私たちも明るい未来を信じて、
一人一人がなすべきことをしなければならないと
読後にあらためて感じたのです。

この時期に読めてよかったと思いました。

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ペスト
A・カミュ 宮崎嶺雄 訳
新潮社 2020年



 


2020年7月14日火曜日

読了メモ「靖 国」坪内祐三



読了。

自分の好きなエッセイスト、評論家さんで、
これまでいろんな作品を読んできたが、
なんと本年一月に他界された。享年61歳。若すぎる。
大変、残念でしかたがない。本当に。
サブカルチャーものから文芸評論、社会評論まで
面白い本はたくさんあるのだけれど
代表作といえば、この本かなと思い手に取りました。

ただし、ここで、自分の浅はかさに気づくのでありました。
靖国神社といえば、閣僚の誰が参拝するのしないの
近隣諸国がそれに干渉するのとそんな話が
絡んでくる一冊なのかなと思っておりましたらさにあらず。
そんな話は一切でてきません。
純粋に、かつ坪内流の切り口で日本における靖国神社の有様をとりあげています。

靖国神社といえば戦没者の合祀ですが、
一番最初は戊辰戦争で亡くなった藩士の招魂式で
それがきっかけとなり例大祭が行われるようになったとか。

一方で鹿鳴館時代と重なる時期、靖国神社にもハイカラな風は押し寄せ
なんと競馬が執り行われたそうです。
靖国神社がその本来の姿を整えていくのは明治十年の西南戦争の後からだが
神聖な場所であるがこそ、そこには娯楽が必要と考えられ、
実際に競馬が開催され、のちには本格的な
アミューズメントパーク的な構想もあったそうです。

日清・日露の戦争の祝勝記念式典は、皇居前での盛大なお祭りとなったが
靖国神社には、二万九九六〇名の戦没者が合祀され、臨時大祭が挙行される。
境内には国光発揮のページェントが建てられ、
国民の意志は徐々に統一されていくことになる。

と、ここまでは近代化と戦争スペクタクルの
象徴的な世情と靖国神社の位置づけを描きながら、
東京に住む市井の人々の生活や暮らしに視点を移していくのも
坪内さんらしい展開だ。

靖国神社は丁度、東京の山の手と下町の境にあり、
下町から見上げる位置にお社を構える。
これは、人々の住む場所によって身分の違いがあり、
違いを乗り越えようとする生活もあることを示していた。
その後、大鳥居の前には国際主義的モダニズムとして
野々宮アパートという当時としては
超高級な高層住宅兼写真スタジオが建設されたという。
写真も掲載されているが、鳥居の前にある
突出した西欧風近代建築物に大きな違和感を感じてしまう。

さらに、話は、奉納相撲や力道山による奉納プロレスに展開していく。
ここも、日本人と外国人の力士やレスラーの
靖国神社での「興行」が大変深い意味をもって語られている。
その一例が、小錦の靖国神社での奉納土俵入りだ。
詳細は本書を是非読んでいただきたい。


実をいうと、自分はものごころがついてこのかた
靖国神社を訪れたことがない。
二歳くらいの時、親が連れていってくれたらしいが
当然ながら記憶に全くない。

巨大な鳥居や桜開花の標本木、大村益次郎像など
興味本位に惹かれるものはあるが、
坪内さんの本書をせっかく読んだのだから
機会を作って行ってみたいと思っている。

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靖 国
坪内祐三
新潮社 1999年

 



2020年7月5日日曜日

読了メモ「乱読のセレンディピティ」 外山滋比古




読了。

著者は「思考の整理学」で有名な
大正12年生まれの大御所である。

まず、セレンディピティとはなんぞや。

本書によれば、
「思いがけないことを発見する能力。
 特に科学分野で失敗が思わぬ大発見につながったときに使われる。
 おとぎ話(The Three Princes of Serendip)の主人公が
 この能力を持っていることから。
 イギリスの作家H・ウォルポールの造語。」
とある。

本の読み方には、アルファ読みとベータ読みの二通りあり、
アルファ読みは既知の情報について読むもの。
ベータ読みは未知の情報について読むもの。
だそうで、はるかにベータ読みの方が面白そうではあるが
アルファ読みでも新たな発見があったりするので
これもセレンディピティであったりする。

本の読み方にもアドバイスがあった。
「本は風のごとく読むのがよい」そうだ。
「やみくもに速いのはいけないが、熟読玩味はよろしい。
 のろのろしていては生きた意味を汲み取るのはおぼつかない。」
ということだ。

乱読についても
「専門バカがあらわれるのも、タコツボの中に入って
 同類のものばかり摂取しているからで、
 ツボからでて大海を遊泳すれば豊かな幸に
 めぐりあうことができる」
と爽快に勧めてくださっている。
さらに、乱読は気が若返る。
乱読のストレス解消力はアンチエイジングの
もっとも有効な方法ではないかと。

ここまで書かれてしまうと、乱読せずにはいられませんね。
乱読派の自分には、追い風を背中に感じて気持ち良い一冊でした。

ただ、注意点があるんです。
本は知識を増やしてはくれるが
思考力は別の方法で養わなければならないのです。

さて、その方法とはなんだと思いますか?

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乱読のセレンディピティ
外山滋比古
扶桑社 2014年