2024年8月12日月曜日

読了メモ「怪談 不思議なことの物語と研究」ラフカディオ・ハーン作 平井呈一訳



読了。


日本を愛した小泉八雲ことラフカディオ・ハーン氏による怪談集。


子どもの頃にもよく聞いたことのある

「耳なし芳一のはなし」や「雪おんな」なども、

あらためて読み直してみるとこれが結構こわい。

耳なし芳一などはまずもってスプラッターだし、

雪おんなはナイフのような切れ味でこっちに迫ってくる。

充血した真っ赤な眼が目の前にあるような勢いだ。

「ろくろ首」の話もあるのだが、

自分が知っていたろくろ首とはその形態が異なるのには驚いた。

水木先生の漫画などにあるとおり、

ろくろ首といえばニュル~っと首が長く伸びるものだと思っていたがここではそうではない。若い女性のろくろ首もいるにはいるが、

親分格のろくろ首は鬼のような形相をした山賊のような男で、

しかも首は胴体から離れていたりする。

他にも 長い年月にわたり許嫁の霊が憑いてくる話や

狸がのっぺらぼうになって人を化かす話などがあり、

いすれも日本の怪談独特の怨念や執念のようなものが

お話の向こう側に見えている。


一通りの怪談が終わったあとには、

「虫の研究」といって、「蝶」「蚊」「蟻」についての考察がある。

これは怪談ではないのだが、虫たちの生態を見つめることで、

人間の生き方や今後のあり方に対する意見を述べている。

怪談も面白かったが、個人的にはこの虫に関する研究の話がよかった。

蟻にいたっては分析の結果、蟻社会は超人的に進化しているという。

人間は人口増加という圧迫に対峙し、

蟻のような社会を構築することになるのではないかというくだりは、

怪談とはまたちがった怖さを感じてしまった。




以下はAmazonへのリンクです

 ラフカディオ・ハーン
    平井呈一 訳
 岩波書店 2021年








2024年8月4日日曜日

読了メモ「ゾロアスター教 三五〇〇年の歴史」 メアリー・ボイス 著 山本由美子 訳


読了。


神が人間に下したとされる天啓・神託に基づく宗教としては、

世界最古と言われるゾロアスター教。

イランが石器時代から青銅器時代に移行した時代に、

イラン人のゾロアスターが説いたと言われる。

創造主である至高神、それと対立する悪、世界創造の目的と終末論、

救世主信仰、天国と地獄、死後の運命を決める裁判、

死者のよみがえりと最後の審判、邪悪の消滅、

そして正しい者は神の前で永遠に魂も肉体も不死となり幸せとなる。

これらの考え方は、のちのキリスト教、イスラム教、仏教に大きな影響を与えた。


イランからインドにおよぶ近東と呼ばれる地域では、

もともと聖像の形で神や女神を崇拝する慣習があり、

時の権力者や帝国はその統治のために偶像崇拝の寺院を建立した。

しかし、ゾロアスター教徒は、寺院を建立しても

祭壇に彫像を置く代わりに聖所に火をおいたという。

火は闇や寒さをしのぐだけでなく、悪や無知にも戦うとみなされ、

勇気と希望、勝利にささげられた。

これらを背景にゾロアスター教を「拝火教」とも呼ぶようだ。

イスラムの偶像崇拝の否定は有名だが、

そのもとを辿るとゾロアスター教にあるようだ。


また、ゾロアスター教の下での葬送儀礼は風葬とされている。

ゾロアスター教では、神々は世界を

天空、水、大地、木、動物、人間、火の七つに分けて創造したと言われる。

火でさえも穢れたものを焼くことは許されず、

大地も穢されてはならず土中への埋葬は禁忌だった。

これらから、ゾロアスター教では風葬の儀礼があったという。

死体は荒野に放置され、魂は陽光の道を通って天空に昇り、

腐肉は禿鷹や獣によって食われ、残った骨だけが埋められたという。


自分がゾロアスター教の名称を目にしたのは、

高校の世界史の授業で、それ以上のことは何も知らなかった。

本書を通じてイラン・インド地域の長い歴史に

ゾロアスター教が深く関わっていること、

また世界におよぼした影響の大きさに驚く。

ただ、イラン・インド地域の歴史は非常に複雑で、

他民族も流入したほか、権力者の名前も似通っていたりで、

読み進めるのは困難ではあった。


現在、ゾロアスター教徒の多くはインドにあり、

世界各地に散らばっているが、生活の中での祭儀儀式の役割、

信仰や教育のあり方、族外婚配偶者や子孫の信徒としての受け入れなどの問題があり、

なかでも喫緊の問題は祭司の数の減少をくいとめることだと言われている。



以下はAmazonへのリンクです。

 メアリー・ボイス 著 山本由美子 訳
 講談社 2010年

2024年7月29日月曜日

読了メモ「バナナ剥きには最適の日々」 円城 塔

 

読了。

相変わらず朝の霧の中を歩いているようなわからない話ばかりだった。

それでもついつい手を伸ばしてしまう。結局、面白いのだ。


自分もわけがわからなくなってしまうが、

立場が違えば見方が違ってくるよねとよく言うけれど、結局同じことなんじゃないか。

物事を立体的にみると不思議と道理が通ったりもするし。


例えば、「ないはないはないってこと」ということは、

ないということがあるとも言えるのではないかとか考えてしまう。

また、バナナは3枚皮で剥くか4枚皮で剥くかは、

バナナにはわからないという話を

宇宙人であるバナナ星人の視点で考えてみたりする。


話のタイトルからして読者に挑戦してくる作品もあった。

小説のタイトルと作者名が表記されているのだが、

どっちがタイトルで、どっちが作者名かは、どこにも明記されていない。

もしかしたら本文も含めて、どれがどれを書き表しているのだろうかという話。

つまり、文を読まれる作り手側の者は文章を作成しているわけだが、

読む者も相互に文章を作成しているという見方。

しかも読む者は無意識のうちにこれを行っている。

これをここでは自動生成と呼んでいた。


他にも、分裂して増殖するゾウリムシは輪廻の思想を持つのだろうかとか、

傷だらけの自分の背中が目の前に見えたりとか、

あなたの見ている彼女の見ているあなたの見ている彼女の見ているあなたでは、

もう人間の情報処理系が追随できないこととか。

異星人が地球にいまだにメッセージを送ってこないのは、

実は人間そのものがメッセージなのだという発想の転換。


こんなわからないけどおもしろい話が満載です。



以下はAmazonへのリンクです。

 円城 塔
 早川書房 2014年


2024年7月22日月曜日

読了メモ「EPICソニーとその時代」スージー鈴木



読了。


書影にはないが帯のキャッチコピーがよかった。

『「80年代」と書いて、「EPICソニー」と読む。』

自分も学生だった時代を思い出す。


本書の前半は、EPICソニーのアーティストたちとその楽曲の紹介。ばんばひろふみ、シャネルズ、佐野元春、一風堂、ラッツ&スター、THE MODS、大沢誉志幸、渡辺美里、大江千里、BARBEE BOYS、小比類巻かほる、遊佐未森、TM NETWORK、ドリームズ・カム・トゥルー......。気づくとメロディを鼻歌しながら、ネットで楽曲を探してしまってた。


なかほどでは、EPICソニーという会社の歴史をたどる。「ロックの丸さん」と呼ばれ、レコード大賞獲得レースや紅白出場とかの話が大嫌いだった同社社長を務めた丸山茂雄さんの反骨精神満載の話は痛快で面白い。「東京」をイメージした都会的ロックしか品揃えしない戦略も思い切りがよくてスカッとさせてくれる。後述の佐野元春さんへのインタビューにもつながるが、CCCD(コピーコントロールCD)への反旗や楽曲のネット配信についての考え方など先も見ていた。


そして貴重な二つのインタビュー録で本書は締め括られる。一つは小坂洋二さん、もう一つは佐野元春さんへのインタビュー。小坂さんはEPICソニーで数々のアーティストを成功させたプロデューサー。その意外な経歴や丸山さんとの関わりの話はつきない。続く、元春さんのインタビューも最高に面白い。大瀧詠一さんから受けた影響の話は興味がつきないし、メロディへの日本語の乗せ方の妙は、今聴き直してもかっこいい。


読後は元春さんの曲が脳内ヘビロテになったことは言うまでもない。「アンジェリーナ」のギターが今でもギュルギュルいってる。


最後は、元春さんの「ガラスのジェネレーション」からこの一言かな。


「♫つまらない大人にはなりたくない」



以下はAmazonへのリンクです。

 スージー鈴木
 集英社 2021年


2024年7月15日月曜日

読了メモ「キツネ目 グリコ森永事件全真相」 岩瀬達哉


読了。

「どくいり きけん 食べたらしぬで かい人21面相」


1984年3月、当時の江崎グリコ社長の江崎勝久氏誘拐に始まった

菓子メーカーや食品メーカーなどを脅迫した一連の事件。

全真相とあるが、迷宮入りなので犯人は特定されていない。

12年におよぶ取材に基づき、警察、脅迫された企業、流通/菓子/食品業界、

マスコミ、被害者家族の言動や心境、思惑をつぶさに綴っている。


通称「グリコ森永事件」だが、多くの企業が脅迫被害にあっており、

丸大食品、ハウス食品、不二家、明治製菓、

雪印乳業、西友、ダイエーなどの大手企業の他、

中堅食品メーカーにも犯人の脅迫はおよんでいた。

「どくいり きけん」のシールが貼られた青酸ソーダ入りの菓子が

スーパーの棚から発見されたが、死者は幸いにも出なかった。


かい人21面相からの脅迫状は全147通あり、本書の中でも多くが引用されている。

大手企業や警察など巨大資本や国家権力を相手に揶揄嘲笑し、

世間を馬鹿にした文面を読み返すと今さらながら底冷えのする恐怖を覚える。

脅迫された企業が、犯人との裏取引に応じるかを逡巡する様子もあり、

当時の緊迫した情況もうかがわれる。


一方で、警察内部での明らかなミスや本庁と府県警本部間だけでなく、

府県警察間での意思疎通の不備、現行犯逮捕捜査方針への過度の固執、

捜査情報のリークなども指摘されており、

硬直化した警察組織の問題の大きさも語られている。

そして、捜査のプレッシャーに耐えられず警察責任者の自殺があった。


2000年で全事件の時効が完全成立し、

犯人は法に裁かれることはなくなってしまったが、

犯人が使ったと思われる帽子が実は押収されており、

そこから犯人の毛髪がみつかりDNA鑑定までされているとのこと。



以下はAmazonへのリンクです。

 岩瀬達哉
 講談社 2021年


2024年7月7日日曜日

読了メモ「眠れる美女」川端康成

 


読了。

「雪国」を読んだ時などは、なんと文章が綺麗で

日本の情景をここまで美しく表現した作品は初めてと感嘆したものだが、

本書を読んで、川端さんのイメージがガラリと変わった一冊。


「眠れる美女」

「片腕」

「散りぬるを」

の三篇だが、どれもジワジワくる。


眠れる美女は、六七歳の江口老人が宿屋で女性に添い寝をする話。

女性は薬を飲まされており眠ったままで目覚めることがない。

そんな設定からして異常なのだが、眠り続ける女性の肢体や、

これまでの人生を思いかえしながらの江口老人の女性への接し方、

その心中での葛藤、それらの描写はさすがではある。

気になる存在は、世話役の宿屋の女で、

そのキレキレの言いようが

江口老人とのコントラストを際立たせ、

宿のかくれた不穏な空気を匂わせる。

女優の大地貴和子さんを彷彿とさせるのは自分だけだろうか。


片腕はより一層異様な話だ。

娘から右の片腕を借りるという。

はては自分の腕と付け替えることができるという。

しかも、その腕はしゃべるし、笑みも浮かべる。

激しい妄想と言われればそうかもしれないが

娘と私の片腕の生々しい描き方にはゾッとする。


散りぬるをは、殺人事件とその犯人の供述にまつわる話。

犯人は警察に問い詰められるままに自白をするが

精神鑑定人、警察、検事局、公判など

それぞれの場で話していることが微妙に異なっている。

実はその犯人は獄死しており、書類上の記録しかもはやなく

殺人の動機もはっきりせず、被害者の面影を求めることもできない。

一方で機械である写真機はむれるような生命をとらえていた。

最初、供述記録を日記のように読んでいた主人公は

法官や犯人の記録と一緒になって小説を合作したのだと気づく。


忘れるにまかせるということが、

 結局最も美しく思い出すということなんだな。」(p187)


という台詞が印象に残った。


ちなみに解説は三島由紀夫さんですが

この三作品を絶賛してました。



以下はAmazonへのリンクです。

 川端康成
 新潮社 2019年