2024年5月27日月曜日

読了メモ「超人ナイチンゲール」 栗原 康

 

読了。

痛快で面白かった。
ナイチンゲールって本当にすごい人だったんですね。

彼女が生まれたのは19世紀前半。
まだまだ、男尊女卑や階級社会などの風潮が色濃くあった時代。
そもそも女性が労働するなどとはありえなかった。
病院で働く看護の仕事はなおのこと蔑まされていた時代だった。
そんな世情の中で、彼女はとんでもないハイクラスな家庭に生まれ育てられる。
上流階級の娘であれば、働くなどと言うものなら家族中から大反対される。
先に言ってしまえば、この社会通念の覆すことをナイチンゲールはやってのけたことになる。
一方、この上流階級に生まれたおかげで、豊富な資産と幅広い人脈に恵まれ、
後々の彼女の看護の取り組みに大きく関わってくることにもなる。

ナイチンゲールと言えば、1853年に始まったクリミア戦争での活躍が有名だが、
当時の最新テクノロジーを駆使し、火力が大幅に増強された戦争だった。
当然ながら死者や傷病兵は増え、併せて感染症の拡大にもなった。
一方、電報や通信技術が発達し、また新聞「Times」が発行部数を伸ばしたりなど
政府公式発表以上の情報が一般市民の間に流布する時代にもなった。
ナイチンゲールはこのマスコミも味方につけ、基金を設立し、
また自身の持つ膨大な資産もバックに戦場での看護の指揮をとるようになる。
政府や役人の硬直化した仕組みに痺れを切らした彼女は
看護用物資を獲得するためにハンマーを片手に
屈強な男たちと一緒に倉庫を強奪したこともあったという。

クリミア戦争後、ナイチンゲールは若い尊い命が多く奪われたことを盾に
軍や医療のあり方を改革しようとこころみる。
その時に彼女がとったのが統計学による客観的なデータ提示だった。
また、看護師を教育する看護師を育成する学校を作るなど
看護の伝道者を広く作り出すことにも取り組んだ。
今は当たり前の「ナースコール」の仕組みを考案したのも
ナイチンゲールだそうです。

目の前に看護を求める人がいればナイチンゲールには味方も敵もなかった。
本書を通じてナイチンゲールの強い志を目の当たりにすることができた。
クリミアの天使という異名で呼ばれたが、そんな優しい呼称は似合わない。

ただ、若い読者層を意識したのか、文体には馴染めなかったのが悔しい。


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 栗原 康
 医学書院 2023年

2024年5月17日金曜日

読了メモ「澁澤龍彦玉手匣」 澁澤龍彦 東 雅夫 編

読了。

澁澤龍彦さんの数あるエッセイから選び抜びぬかれたエッセンス集。

最初のうちは、何を言っているんだろうと追いつけないところもあったけれど
だんだん面白くなってきてあっという間に読み終えてしまった。

澁澤さんは幻想文学的なイメージがあったし、エッセイもその通りでした。
文章のなかにでてくる作家や芸術家の名前なども調べてみるとディープな人物ばかりでした。

また、言いたいことをストレートに表現していて痛快だった。

「缶詰の味しか知らないアメリカ人はともかく....」

「おもしろくもない小説を我慢して読むやつは、
    よほどのバカと考えねばならぬ」

「日本の戦後教育の大誤算の一つは、
    ルビをなくせば漢字学習の民主化が徹底されると考えて、
    あの便利なルビを極力一掃してしまったことであろう。
 じつに馬鹿げた発想というべきだ」

など。

また、澁澤さんは、あの澁澤榮一の血筋にあたっており、
幼少の頃は広大な敷地の邸宅に住んでいた。
ただ、その邸宅についても

「昼でも暗い大きな屋敷が、陰気くさくてやり切れなかった」

と言っているし、外からでは分からない秘密の小部屋があったり、
精神を病んだ伯父が療養した奥座敷があったという。
幼少時代の環境が澁澤さんの文学思考に影響があったと思われます。


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 澁澤龍彦
 東 雅夫 編

 河出書房新社 2017年


2024年5月12日日曜日

読了メモ「11の物語」 パトリシア・ハイスミス 小倉多加志 訳

 


読了。

役所広司さん主演映画「PERFECT DAYS」の小道具三冊のうちの一冊。

公開当初、流通在庫は殆ど見当たらなかったが、

この4月頃から書店店頭で漸く見かけるようになった。


11編のミステリーといっても、

名探偵や敏腕刑事が綿密な推理と地道な捜索で切った張ったをする話ではない。

犯罪の動機を主軸に犯人目線で描かれており、

人間の精神や心理の変化が生々しい。

虚言癖や妄想、思い込み、衝動的な行動、

嫉妬、深い愛憎などが絡み合って

罪を犯す犯人の心の変化がつまびらかにされる。


いくつかは動物が登場する。

食用のカメのほかに、正体不明の動物、

かたつむりの話は2編あった。

いずれもキモい話ではある。


自分は「恋盗人」と「ヒロイン」という話が好きだ。

「恋盗人」は他の作品にはないドンデン返しがあり、

「ヒロイン」は子どもたちとの微笑ましい関わり合いの様子が

エンディングを際立たせていた。


どの話も読み終えた後の薄気味悪さと人間の怖さのようなものを覚えてしまう。

PERFECT DAYSに感化されていると思わぬボディブローを食わされる。



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 パトリシア・ハイスミス
 小倉多加志 訳

 早川書房 2024年



2024年5月5日日曜日

読了メモ「化石に眠るDNA 絶滅動物は復活するか」 更科 功



読了。

珍しく新書を読んだ。

わくわくする話であるが、話は淡々と展開される。
前半でDNAや遺伝子、タンパク質の話をきっちり行って
現生動物であってもDNAの複製を作ることがいかに難しいかを説明してくれる。
いわんや絶滅動物のDNAにおいておや。
この段階で本書の大筋の結論は見えている。

しかし、面白いのはむしろこれからで
「DNA複製」をめぐる世間の視線、SF映画への便乗、
過熱するメディア、助成金交付の駆け引きなど
実現が見定まっていないにも関わらず
この「界隈」は大いに盛り上がる。

もちろん、地球温暖化対策や
壊された生態系復元を目指して
取り組まれている事例なども紹介される。
永久凍土から出土したマンモス復活の取り組みは研究が続いているし、
クローン羊ドリーの生成なども成果のひとつだ。
ただ、マンモスにしてもドリーにしても
完全に全てのDNAが複製されるわけではない。
もっと言ってしまえば、クローン技術をもってしても
絶滅動物の復活には展望がないという。

また、そもそも論として本当に正しいことなのかという議論も続いている。


現在も研究は続いており、
あの「iPS細胞」にも注目が集まっている。
しかし、本書のあとがきにも書かれていたが、
人間が壊してしまって、一旦変化した生態系を
元に戻すなんてことこそ不可能ではないかと思う。


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 更科 功

 中央公論新社 2024年


2024年5月1日水曜日

読了メモ「雁」 森 鴎外

 


読了。

林太郎さんの作品を読んだのはずいぶんと久しぶりのことだ。

読み直してみると綺麗な文章で読みやすく

情景の湧き出るような自然な筆運びに気付かされる。

こんな文章だったけと思い直すほど。

やはり中高生の時に読むのと大人になってから読むのとでは

感じ方が全く変わってくる。


お話は、上野、池之端、不忍、本郷、根津の辺り一帯で

いわばご当地小説とでも言おうか。

さまざまな地名が出てきて妙なリアル感がある。


お話は学生の僕が語る、

友人の岡田、それと相慕う仲となるお玉という女性のこと。

たいへん美しい女性だが、高利貸しの妾だった。

お玉が妾になる経緯も如実に触れられており、

それが後に係る岡田と大きく対比されて

お玉の悲哀さに一層の拍車がかかる。

将来を嘱望された医学生とはかけ離れた世間に住んでいるのだ。


そんな二人は往来で図ったように見合わせては

顔を赤らめるようなじれったさを見せる。

お玉の飼っている紅雀の籠を襲った蛇を

岡田が退治する事件も起きて

急接近するところなどはドキドキしてしまう。


二人は再び往来で顔を合わせるが

その時、岡田はドイツ留学が決まっており

とうとう結ばれることはなかった。


大人になって、こういう作品を読むのはいいですね。

夏目さんも芥川さんも、新しくは太宰さんや三島さんもいいけれど、

林太郎さんもいいです。

まだまだ、読んでいない作品がたくさんあるので

楽しみはつきない。



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 森 鴎外

 新潮社 2019年



2024年4月28日日曜日

読了メモ「ナウシカ考 風の谷の黙示録」 赤坂憲雄


読了。

アニメではなく、マンガ版「風の谷のナウシカ」をベースにした一冊。

読み応え充分で、久しぶりにマンガ版も読み返したくなった。
昔、マンガ版を読んだ頃は、アニメのイメージが強すぎたせいもあって
なかなか理解に苦しんだことを覚えている。

あらためて気づかされたのは、
マンガの第一巻が1983年に刊行され、
最終の第七巻が出たのは1995年。
その間、宮崎 駿監督のアニメ映画としては、
「風の谷のナウシカ」(1984年)
「天空の城ラピュタ」(1986年)
「となりのトトロ」(1988年)
「魔女の宅急便」(1989年)
「紅の豚」(1992年)
がそれぞれ公開されている。
そして、1997年には「もののけ姫」が公開された。
これらの映像作品が生まれてきた背景に
ナウシカの物語が脈々と生き続けていたことになる。

風の谷は人口が500人程度の協同労働を営む辺境自治国であったことや
ナウシカの父ジルに象徴される首長制の話などを通じて
風の谷の民族的イメージが明らかになり、
蟲や腐海の存在を解きほぐすことで本書の話は中核に進んでいく。


印象的だったのは、ナウシカの生命観というのか
世界全体をひとつに捉える見方で、

「食べるも食べられるも この世界では同じこと
 森全体がひとつの生命だから......」

「闇は私の中にもあります.....」

などの言葉からみることができる。
自然/人造、清浄/汚濁などの
二元論を忌み遠ざけているとも評している。


そして、聖書の黙示録を引き合いにして

 ”あらゆる危機が技術的に解決され、すべてが適切に管理され、
   機能している世界は、いったいパラダイスなのか”

とナウシカは問うているのではないかと著者は言っている。

最後の締めで、イデオロギーやドストエフスキーを論じる部分は、
ちょっとやりすぎかなという感じがしたが、
アニメはもちろん、マンガ版を再び観直す気にさせてくれたし
鑑賞後は湧き起こってくる思いが違ってくるだろうと
期待を持たせてくれた一冊でした。


「その者青き衣をまといて金色の野におりたつべし」


この一言を思い出すだけでも観たくなりますね。


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 赤坂憲雄
 岩波書店 2019年





2024年4月22日月曜日

読了メモ「芥川龍之介 ちくま日本文学002」 芥川龍之介


読了。

中学生の頃にも読んだであろうよく知られたもの、
題名は知っていてもまだ読んでいなかったもの、
そして全くの初見のものまで16の短編が編まれていた。
その他に俳句、詩からなる。
ちなみに、表紙の絵は明らかに「羅生門」なのだが、
本書には掲載されていない。

さすがだ、もうどれも傑作。
読み終えても、この後の展開はどうなるんだろうと
続きを聞かせてくれと言いたくなるくらい面白かった。
人の心を正すような作品もあれば、
思わず微笑むような作品、切羽詰まるような迫真の作品、
そして自らの人生を振り返ったような作品も。
「或阿呆の一生」などはモロに作者本人のことなので
事前知識として芥川龍之介の人物伝などを
ざっくり把握しておくとより理解が深まる。
実際、自分も芥川龍之介に関する動画を事前に観てから読んでみた。
本書は巻末に年譜も掲載されているので参考になる。

芥川龍之介は35歳で自死してしまうが
その背景には複雑な家族関係があった。
このことを知っているだけでも
数々の作品の読み方は違ってくると思う。

一人の作家の作品がコンパクトにまとまっている

この「ちくま日本文学」シリーズ。

実は初めてだったがとてもよかった。

まだいくつか積んであるので楽しみである。


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 芥川龍之介
 筑摩書房 2020年